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◆ ◆ ◆ ◆
「陛下」
縁側で茶の入った湯呑みを持って空を見上げていると、雅を寝かしつけていた橘が部屋から出てきた。
「雅はもう寝たか?」
「はい、先程。昼間、綾芽さん達とはしゃいでいたようですから、だいぶ疲れていたようです」
「そうか」
橘は傍に腰を下ろし、手に持っていた羽織を肩にかけてくれた。
「もう夜はだいぶ冷えます。縁側でお茶を飲まれるのでしたら、もう少し厚着をなさってください」
「うむ。すまぬな」
「……もしや、昼間のことを?」
さすが、城の側近の中で唯一気の置けない男だ。私の物思いの理由をすぐに当ててきた。
「いや、なに。今はこれで十分だ、と頭では分かってはいるのだがなぁ。……なぁ橘、怒るなよ?」
「なんですか?」
「私はな、今の状況がとても楽しいのだ」
「それは」
「分かっている。一国の主として、この感情は絶対に持ってはならんもの。皆を危険に
「……良いのではないですか?」
「は?」
あの堅物の口から出たとは思えない言葉に、耳を疑った。
もしや、橘の姿をした別人だろうか。蒼や茜のように、双子がいたとか。
「陛下がその感情をお持ちになられるのは、城下四部隊を信頼している証。もし信頼などないとしたら、貴方はこの現状を打破しようと自ら動かれるはず。動かぬまま状況を楽しいと思えるほど我が主は非情ではありませんから」
「……信頼、か」
「陛下。もしあの時のことを悔いておられるなら、まだ間に合います」
「いや、もう手遅れだ。アレは私の傍から離れ、臣に降りた。もうあの頃には戻れん」
「陛下」
橘がまだもの言いたげに私を見てくる。
その視線を避けるように湯呑みを口元に運んだ。
「陛下」
「ん?」
「たとえ皆が陛下から背を向けたとしても、私は最期までお側におります」
「……ははっ。そうかぁー、いてくれるか」
まったく。お前はいつも私が欲しい言葉をくれる。そう、いつもだ。その言葉に何度救われていることか。
お前が女ならばなぁ。すぐにでも妃に
「陛下?」
「いや、なに。お前、実は女だったりせぬか?」
「……はい? やっぱり熱がおありなのですね?」
「ハッハッハ。冗談だ」
「冗談だじゃありません! まったく!」
「そう怒るな。お前が女であれば私の妃問題も一気に解決すると思ったまでのこと」
「残念ながら陛下。今も昔もこれからも、私はずっと男です。凛さんのように心は女性というわけでもありません」
「雅の父上に頼んでみるか」
「陛下っ!」
「そう大声をだすな」
橘はハッとして口を押さえた。
皆はまだ寝ていまいが、私の部屋で寝ている雅は夢の中だ。
「見よ」
私の視線の先を追い、橘も天上に浮かぶ月を眺めた。
「月が綺麗だ」
「……そうですね」
あの日、城から出て行くアレを天守から見下ろしていた時に浮かんでいた月と同じ。
ただ、今は。
あの頃のような一人置いて行かれたような気持ちは薄らいでいた。
……あぁ、本当に。
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