7


□ □ □ □



 食べられる、食べられない、食べられない、食べたら死ぬ。


 あの後、奏様が様子見に来てくれて、私の罰則コースを聞き、綺麗な挿絵さしえが入った薬草図鑑をくれた。


 お腹も一杯だったし、字も結構一杯だったから、いつの間にか図鑑を広げたまま寝ちゃってたみたい。起きたらまた小ちゃくなってた。


 よしよし。やっぱりこの姿の方がしっくりくる。


 ペラリとまたページをめくっていると、襖の向こうから声がかけられた。



「綾芽さん、いらっしゃいますか?」

「あやめはいませーん」

「雅さん? 失礼してもいいですか?」

「どーぞー」



 障子しょうじを礼儀正しく作法にのっとった方法でスーッと開けたのは橘さんだった。部屋の中にサッと視線を走らせ、ほんの少し気落ちしたような表情を浮かべている。


 なになに? 探し物? それとも、探し人?



「雅さん、陛下はこちらにいらっしゃいませんでしたか?」

「……みかどさま? き、きてないよー?」

「……雅さん? 私の目を見てください。陛下がどちらにいらっしゃるか、ご存知ですよね?」

「ご、ごぞんじではないですよぅ」



 図鑑をしっかり握って読書中ですアピール。


 だけど、それで引き返してくれる橘さんじゃなかった。


 図鑑を持ったまま、脚をズリズリ。目当ての場所に着いたら、でんと足を広げ、布団などが入った押し入れのふすまにもたれかかる。考えていることが顔に出るとよく皆に言われるから、図鑑を顔の前まであげて橘さんからは見えないようにした。



「雅さん、少しそこをどいていただけますか?」

「えっ!? ……ダレモイナイヨー?」

「……失礼」



 わっ! 抱っこするなんて反則ー!


 橘さんは私を抱き上げている方とは反対の方の手で襖を開けた。


 押し入れには上の段に綾芽と私の布団、下の段に私の遊び道具、いやいやいや、暇つぶし道具。


 それから……。



「なんだ。もう見つかってしまったか」

「陛下! 何故そのようなところにいらっしゃるのですか!」

「そんなに大声を出さずとも聞こえている。雅、黙っていろと言っただろう?」

「ごめんなさーい」



 失敗失敗。


 帝様は襖の奥から出てくると、何事もなかったかのように持っていた湯呑みのお茶をすすっている。色んな意味でフリーダムな人だ。


 もちろん、橘さんのお説教というかお小言は継続中。

 たまに、聴いていますか!?と確認が入り、あぁ、と頷いているけれど、これはたぶん聴いちゃいないだろう。綾芽と夏生さんのやり取りに似てるからよく分かる。

 しかも、色んな内容に飛び火しちゃってるから、探してた理由まで行きつくのに時間がかかりそうだ。



「まったく! こんな子供にウソまでつかせて!」

「こどもじゃないよ」

「あんなみえみえの嘘をついて誤魔化そうとする辺り、その辺の三歳児と変わりません!」

「さ、さんさいじ……」



 いやいや、嘘をつくのが苦手なだけ。決して精神年齢が低いわけじゃないんです。アレです、アレ。そう、フリなんですよ、橘さん。


 だから、そんなあわれむような視線はやめて、帝様!



「南に移動なさる準備は済みました。迎えもすでに来ております。なのに、陛下ご自身がどこにもいらっしゃらないので、だいぶお探しいたしましたよ」

「行かぬ」

「はい?」



 帝様は側に寄った私を膝に乗っけ、プイッと横を向いた。



「私は行かぬ。食事も申し分ないし、なにより雅がいれば毎日退屈するということもない」

「退屈なんてなさらないでしょう? 書類仕事だって溜まっているんですから」

「お前が代わりに判を押せば良い。お前の目から見て使えぬ策は使えぬ。つき返せ」

「あぁ……まったく」



 信頼されているが故の言葉に、橘さんもそれ以上言い返せない。


 代わりに判を押すなど絶対駄目だけど、そこまで信頼されてるのが分かるから嬉しくて、でも反論しなければ、しかし期待には応えたい。


 真面目な橘さんだからこその内心の葛藤が透けて見える。



「「失礼しまーす」」



 廊下側の襖から声がかけられ、帝様が許可を出すと襖がスススーッと開かれた。



「あっ! あおいしゃんに、あかねしゃん!」



 久しぶりに会う二人は四季杯で司会をやってた南の双子さん。



「陛下。南の蒼に茜。南の屋敷にお移りいただく際の護衛として参上いたしました」

「準備はできておりますので、いつでもご出立いただけます」



 帝様に頭を下げて口上を述べた後、二人は中に入ってきた。



「雅ちゃん、ヤッホー!」

「今日も可愛いね」

「おむかえってふたりのこと?」

「そうだよー。うちの仮ボスに行きたいってお願いしたんだー」

「なかなか忙しくて会えなかったからね」

「わたしもふたりにあえてうれしぃー!」

「もう! なにこの子! 連れて帰りたい!」

「ねぇねぇ、うちにもおいでよ」

「んー。あのねぇ、いま、おそとにでたらダメなきかんちゅーなの」

「え? なにそれ」

「今度は何したの?」



 ぐぬぬ。今度はってまるで私がいつも何かやらかしてるみたいやん。


 否定? してもいいの?

 いえいえ、駄目ですね。自覚はあります。



「……そうか」

「陛下?」



 私と二人の話を黙って聞いていた帝様が何かを思いつかれたらしい。さとい橘さんは嫌な予感を察知したのか、口元をひくりと引きつらせている。



「雅も南に連れて行く」

「はいっ!? なにを」

「いいですねー!」

「さすが陛下! 南の皆も喜びます!」

「ちょっと貴方達? 勝手に話を」

「夏生に話を通せ。これは勅命ちょくめいだとな」

「「承知しました!」」

「あっ! ……まったく! ……雅さん、申し訳ないのですが、お付き合いいただけますか?」

「は、はーい」



 電光石火とはこのことか。

 橘さんが止める間もなく、私の南への同行が勅命という形で決まった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る