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□ □ □ □



 嫌いな食べ物がない私でも、好きな食べ物はちゃんとある。

 その一つが塩をまぶして握ったおにぎりに海苔のりを巻いたやつ。沢庵たくあんとか添え物があるとなお良し。



「グスッ。……おいし」



 私が頑張って使った力の補給をいつもと同じように食べもので取っていると、視線が突き刺さる突き刺さる。


 あの後、結局東のお屋敷に帰りついても私の身体はちびっこ姿に戻らなかった。戻るって言い方も変だけど。



「よー頑張ったわ。えぇ子や」

「ん。……ズビッ」



 綾芽が隣に来て頭を撫でてくれた。


 薫くんが死んじゃうって思ったら、怖くて怖くて必死になって頑張った。

 安心したら別の涙が止まらないのよ。あと、鼻水も。


 

「お前、どうしてでっかくなったんだ?」

「分かんない。でも、元々高校生だもん」

「嘘つけ」

「ほんとだよー!」

「びーびー泣きながら握り飯食ってる奴の言うことは信用できねーな。しかも、お前の言動、マジで幼稚園児並みじゃねーか」

「ズズッ……それに合わせてくる海斗さんもだよ」

「うわっ、さん付けやめろよ。気持ち悪りぃ」



 気持ち悪りぃ言われた。

 確かに、ちびっ子の姿の時は名前呼びだったけどさ。


 その間にも食事の手は止めない。いつもなら止める綾芽も、机にひじをついて私達のやり取りをぼーっと見ているだけだ。




「おめぇ、なんで自分のこと黙ってた?」

「だって、みんな神様の子供だって納得して、それ以上聞かれなかったんだもん」

「だもんてなぁ」



 夏生さんが腕組みをしてお説教モードに入りかけた時、障子が開いた。

 見ると、帝様とお付きの橘さんが立っていた。



「皆の声がすると思って来てみれば、なんともい生き物がいるものだ」

「ん?」

「陛下、それは」

「よいよい。分かっている。雅であろう? 目元の泣き黒子ほくろもあるし、何より、ただの握り飯をそこまでうまそうに食べる女子を私は他に知らぬ」



 そう帝様に言われると、みんなの視線が私に集まってくる。


 とりあえず、ニコニコしておいた。お高いんだからね、女子高生のスマイルは。ゼロ円なんかじゃないんだから。



「さて、雅。お前達が遭遇そうぐうしたという黒いモノの話を聞こうか。もしかすると、それが先日の城を襲った奴等かもしれぬ」

「はいっ!」



 食べるのは一旦いったんやめて、ピシッと敬礼。



「あいてっ!」



 直後、後ろから頭を勢いよく襲撃された。パシーンというハリセンで叩かれたんじゃないかというほど小気味よい音が私の頭から鳴る。


 ……なんで!?



「ふざけてねぇでさっさと話せ」

「……あい」



 ふざけてないよぉ。

 見たもん。天皇陛下に向かって敬礼してる明治時代の世直しものドラマ。だから、帝様にだって必要だと思っただけ。叩くことないじゃんかぁ。


 やっと引っ込みかけた涙が別の痛みで出てきそうだった。



「陛下、その話の前にどーしても確かめたいことがあるんですけど、構いませんか?」

「なんだ?」



 綾芽が私が着ている巫女みこ装束の肩の部分をちょんとつまんだ。


 あ、これ?


 綾芽が確かめたいことが分かった気がする。



「自分、着てった服は?」

「分かんない。気づいたらこの格好だった」



 “なんやそれ”。


 綾芽が考えてること、表情で分かります。分かりますとも。


 あの服、結構気に入ってたんだけどなぁ。ピヨピヨちゃん。



「元に戻られへんの?」

「分かんない」



 そもそも、どうやってあの姿になったか分かんないし。


 ……呼ばねばなるまいってヤツかなぁ。嫌だなぁ。



「まぁえぇわ。その件は後でも」

「もういいか? ならば雅、お前が見聞きしたことを話してみよ」

「はいっ」



 薫くん達が前もって説明していたことに加え、お菓子コーナーで会ったあの男の人について報告した。


 綾芽達の見立てでは、やはりその人物が最も怪しいということで満場一致。


 もちろん、勝手に一人で歩き回ったことを怒られたのは言うまでもない。しかも、今回は限りなく黒幕であると思しき人物に接触していることから、一歩間違えば危害を加えられる可能性だって十二分にあった。よって、半月ほど、おやつ時以外のおやつ禁止、および東のお屋敷の敷地内のみで過ごすよう夏生さんからお達しが出た。


 いつもならギャーギャー言って抵抗する私も今回ばかりは甘んじて受けよう。自業自得だ。



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