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◇ ◇ ◇ ◇



 あのお城の爆破事件から一週間が過ぎた。


 原因はまだ謎のまま。唯一分かっているのが、あれだけの被害を出すような物が仕掛けられていた形跡はどこにもない、そんな分かっていると言うのもおこがましくなるような事実だけである。

 ついにはテレビやら新聞やらのマスコミが憶測おくそくでしかないことをさも真実であるかのように散々並べ立てはじめる始末。


 綾芽達も時後処理だけでなくそちらの対応にも追われ、毎日バタバタと忙しそうにしている。

 ちなみに、海斗さんがテレビを一台駄目にしたのが一昨日、夏生さんが新聞をぐちゃぐちゃに丸めてライターの火で燃やし尽くしたのが昨日のことである。


 そんな中、私はというと、連日、縁側でとある人物とお菓子の味に舌鼓したつづみを打っていた。



「どれ、次はこれをやろう」

「あー」



 雛鳥よろしく口を開けて上を向くと、しっとりとした生菓子が口の中に放り込まれた。


 もぐもぐと口を動かして飲み込むと、また次のを目の前に差し出され、口を開ける。それの繰り返し。



「美味いか?」

「おいひぃー」

「そうかそうか」

「陛下。あまり食べさせすぎるのも良くないかと」

「まぁまぁ。良いではないか」

「よいではないかー」



 何を隠そうこの国で一番偉い人。あのお城に住んでいて、綾芽達の大ボス、帝様である。


 帝様は手の火傷と、煙を吸ったことによって一時安静を求められていた。そんな帝様を最初の二、三日は綾芽達の足にひっついて遠巻きに見るだけだった。


 動き回っても構いませんという巳鶴さんの判断をもらってから、帝様は精力的に動き回り、縁側で遊んでいた私に火傷を治したお礼としてお菓子を大量に持ってきてくれたのがこのお菓子品評会の始まりだ。


 帝様も甘い物がとっても大好きみたいで、毎日代わる代わる色んなお菓子を側近の橘さんに買いに行かせ、この品評会にのぞんでいるらしい。



「さぁ、雅。今日のはどうだ?」

「んー。もみじのやつはここで、それいがいはこれいがいですねー」



 私の秘蔵本、題して“薫くん達のお菓子美味しかったランキング”の中の十一位から十五位までが書かれたページを指した。

 この秘蔵本、綾芽とかに頼んで、全ページ写真入りはもちろん、私の感想やら作り方やら諸々のコメント付き。当然、起こりうる順位変動に対応し、ページの移動がしやすい仕様になっている。



「なるほど。なかなか上位は難しいな」



 帝様は、ムゥとどこか誰かに似ているお顔をしかめさせた。



「陛下、こちらにおいででしたか」

「うむ」

「なつきしゃん、りゅー。おかえりなさーい」

「雅! なんでそこでくつろいでんだ! ほら、早くこっちに来い!」

「はっはっは。構わぬ構わぬ。なぁ? 橘」

「はい。彼女には陛下のお身体を治していただいたという大恩がありますから」

「ですが」



 いつもと同じ黒ずくめの劉さんを伴った夏生さんが廊下の向こうからやってきた。


 お仕事に真面目な夏生さんはあまりいい顔をしない。それもそうだ。今の私のお座布団、帝様のお膝だもんね。

 それに対して鷹揚おうように笑う帝様に、帝様に従順な橘さん。


 夏生さんの至極真っ当な意見は帝様の笑顔に黙らされた感がただよった。


 どれ、仕方ない。



「りゅー、だっこー」

「ん」



 夏生さんの精神的ストレスを少しでも減らせるように、劉さんとこに行くことにした。


 私、良い子でしょう?



「おやおや。フられてしまったか」



 帝様がこちらを笑いながら見上げてくる。



「陛下。幼子をそのようにからかうものではありません」

「まったく。橘は頭が固い。お前達もそうは思わんか?」

「なつきしゃんもじょーだんつうじないのよー……いたっ!」



 叩かれた。頭バシッて叩かれたぁっ。

 私がこれ以上バカになったら絶対夏生さんにどつかれてるせいだからね!


 ムンッとほおふくらませて、怒ってますアピール。


 けれど、夏生さんも劉さんも私の扱いをとっくに心得ているもので、劉さんがすかさず袖から小さな包みを取り出してくる。

 その包みを差し出されたので開けてみると、角がたくさんついた金平糖が入っていた。



「こ、これー、たべていーの?」

「ぜんぶ、だめ。みっつ」

「あい」



 だったらできるだけ大きいのを選びましょうともさ。これかなー? いやいや、こっち?

 ムフフフ。お菓子で悩めるなんて、なんて贅沢ぜいたくな悩みなんでしょー!


 劉さん、大好き!



「菓子ばっか食って虫歯になっても知らねぇからな」

「ならないよー」



 だって、毎日毎回歯磨きの時、綾芽さんチェックが入ってるもーん。

 美味しいものは美味しくいただく。そのためには毎回の歯磨きは欠かしません。


 食い意地が張っている? 

 その通り。私は物事は開き直ることも必要だということを最近覚えた。



「ハッハッハ。良い良い。幼子はよく食べよく笑いよく遊ぶがいい」

「陛下……。夏生さん、城の様子はどうですか?」

「城の護衛についていた西は一時任務から外れ、屋敷で待機。綾芽が監視に。城の方では海斗と南の蒼、茜、北の篠原を筆頭に爆発の後処理と原因究明に走り回ってる」

「そうですか。あなた方に任せておけば問題ないでしょう」

「間違いないな。頼りにしているぞ」

「はっ」



 そうそう。夏生さん達は頼りになるんだから大丈夫。きっとすーぐに解決してくれる。


 帝様も全く心配していないようで、うっすらと笑みを浮かべているだけだった。



「そうだな。この件が片付けば、そなた達には休暇をやろう。いい湯治場があるらしいからな。そこへ皆で行くといい」

「とーじ?」

「温泉につかって日頃の疲れをいやすことだ。温泉はいいぞ」



 帝様はさすが帝様で、全国津々浦々の温泉地を巡っているらしい。

 さすがに国の端っこの方までは行けないけれど、あそこはこうだった、むこうはどうだった、とたくさんの温泉情報を教えてくれた。



「ですが、城内の警備や街の見回りが」

「構わん。全員が一斉に休暇を取らぬようにすればよい。それに城の侍衛じえい達とていつまでも城の内部までお前達に頼り切ってばかりではなるまい。ここらできゅうをすえてもよいかと思うのだが」

「……それは、俺達にわざと都をあけろとおっしゃっているのですか?」

「そう聞こえたならばそうかもしれんなぁ」

「……ハァ。陛下もお人が悪い」



 夏生さんが呆れたように溜息をつきながら苦笑した。



「宮中でけがれなくれるというのなら、それはもはや人ではない存在モノよ。雅のようにな」

「まぁ、こいつはただ能天気なだけと言えるかと」



 チロリンとなんだか可哀想なものを見るかのような視線を送ってくる夏生さん。


 ムフン。失礼な!



「のーてんきとはなにごとか。わたし、ちゃんとかんがえてる」

「一に飯、二に遊び、三四がなくて、五におやつのガキが何言ってやがる」

「だって、わかくてぴっちぴちのこどもだもーん」

「そこでドヤ顔すんな。腹立たしい」

「にゃっはっはっ! ……いっ!」



 本日二回目の拳骨げんこつ。痛い。


 頭の形が変形する前にやめておこう。

 なけなしの脳細胞が確実に死滅していってるって考えると、私が守ってあげなきゃ誰が守ってくれるんだって思ってしまう。


 まぁ、私が余計なこと言わなきゃいい話なんだけどね!


 それより、温泉かぁー。しかも、帝様から直々にお許しもらえた慰安旅行かぁー。

 クフフフ。後で雑誌買いにいこーっと。そんで美味しい物いっぱい調べるんだぁ。


 ね? 一緒にお買い物につきあってくれるはずの劉さん!



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