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◆ ◆ ◆ ◆



 食堂に行くと、料理番さん達が突然の夏生さんの登場に驚いている。


 まぁ、つい先ほどまで書類の山にうずもれていたというから、彼らが食事を届けに行った時、普段に輪をかけて機嫌が悪かったんでしょう。


 そんな夏生さんが雅さんを抱っこしてきて、あまつさえ料理までし始めたとなれば、一体何が起きたと思わずにいられない気持ちも分かるというもの。



「いいか、お前ら。このこと、薫には言うんじゃねーぞ。その代わり、食費の融通はきかせてやる」

「マジっすか!?」

「言わないです! 言いません!」

「夏生さん、神!」



 この大人数の食費を毎日やりくりしてメニューを考えたり、調達するのはなかなか至難のわざのはず。


 しかも、上司はあの薫さん。

 食費に制限があるとはいえ、一切の妥協だきょうを許さない彼のメガネに適うメニューを考えるのは大変だと、前に新米の料理番さんがこぼしているのを聞いたこともありましたっけ。



「まっだかな、まっだかな」



 かなりご機嫌な様子の雅さんは食堂の椅子に座らされ、厨房の方を覗き込んでは足をブラブラとさせながら待っている。


 ……今のうちに。



「ちょっと、よろしいですか?」



 雅さんの隣に腰を下ろし、ただ黙って雅さんと厨房を交互にジッと興味深そうに見つめる彼女のお父上に声をかける。席を立ち、廊下を指さした。

 すると、わずかに首を傾げられたものの、彼も同じように席を立ち、先に歩き出した私についてきてくれた。


 食堂を出る間際に彼女の方を見ると、私達の方を気にする様子もなく、厨房から出てきた料理番さん達と楽しそうにおしゃべりをし始めている。

 普段は仕事中ということもあり、なかなか長話をすることができない彼らは撫でまわしたり、抱き上げたりと、自分の年の離れた妹や娘のように彼女と接していた。


 この分だと、少し長話になっても問題ないでしょうね。

 感謝しますよ、料理番さん達。



「我に何の用だ?」



 廊下に出ると、彼が開口一番に尋ねてきた。


 それもそうでしょう。

 周りの目を気にすることなく話せる話ならば、あの場でしても何の支障もないですから。ただ、この話をあの子の耳に入れるには、いささか不穏なものが付きまとってしまう。念には念を、というわけで。



「雅さんが飛ばしたあの女、どこへ飛ばされたか分かりますか?」

「何故そのようなことを聞く」

「あの女、性格はアレですが、生まれは皇族の曽祖母を持つという家柄で、周りがなかなか面倒なのです」

「……人とはまことわずらわしいものよ」



 本当にその通り。

 正直なところ、地球の反対側まで飛んで行っていてくれても構わない。ですが、社会的なものがそれを許してくれないのです。



「案じずともよい。我が娘はまだまだ制御ができておらぬ。遠くと言ってもせいぜいがあの城辺りまでであろう」

「そうですか」

「……我にやらせれば三途のほとりまで飛ばしたものを」

「……」



 おやおや。畔とは、果たしてこちら側の方なのか。

 喜べばいいのか悲しめばいいのか分からない反応をもらってしまいましたね。



「我が娘はまだまだ甘い。神の娘を己が娘とたばかるなど、その場で己が命を持ってびさせてもよいものを」



 持っていた扇がパサリと開かれ、顔の半分が隠されて目元をスッと細められれば、廊下の薄暗さも相まって妖しさが増す。神の神たる所以ゆえんを垣間見せられた気がする。



「それよりも。そなた、アレがつけている日記を毎日確認しているそうだが?」

「え? えぇ。……やはり、ダメ、ですか?」

「いや、問題はない。だが、よくよく見ておけ。アレは力を使う反動が食欲に来ていると思っているようだが、そのような話、聞いたことなどない」

「どこか他にも影響がでている可能性がある、と?」

「あぁ。我らの力は諸刃もろはつるぎゆえ」



 諸刃の剣。


 やはり、神の力は彼女にとって危ういものでもある、というわけですか。

 あとで夏生さん達にも伝えねば。


 食堂から顔を覗かせた雅さんに呼ばれ、笑みを浮かべながらも頭によぎるのは、彼女の父神から聞いた先ほどの言葉であった。



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