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大広間の隣にある座敷で待てとのことだったので、私と劉さん、そして巳鶴さんはそちらに移動した。
おじさん達も怪我は治ったけど、一晩はゆっくり休ませるためにそのまま大広間でお休み中だ。何かあっても、すぐに駆けつけられる。
「入るよ」
薫くんが大皿を手に座敷へ入ってきて、私の真向かいに腰を下ろし、皿を少々雑に置いた。大皿にはおにぎりが山盛りにつまれている。
い、いただきまーす。
手を合わせ、パクリと一口。
「ねぇ。明日の朝食、しかも大人数の仕込みを終えて、ようやく眠れるっていう時に揺り起こされた可哀想な僕の手作りおにぎりはどう? 明日も朝早いのに、揺り起こされた可哀想な僕の気持ちを考えながらしっかり味わって食べるんだよ?」
「……あい。おいしーでしゅ。あじわいだいじ」
「まったく、チビじゃなかったら今頃くさやのハバネロソースかけを食べさせてるところだよ」
ち、チビでよかったー!
ほんと、あの、ごめんなさい。
というか、くさやもハバネロも準備はあるんですね。気をつけよ。
机に肘をつき、いかにもダルイですオーラを放つ薫くんには頭が上がらない。
否、この屋敷の料理長である薫くんにはきっと、夏生さんとは違った意味でみんな頭が上がらないはずだ。
「……で? チビが今度は何しでかしたって?」
薫くんが横に座る劉さんにチロリと視線を向けた。
「けがにん、ぜんいん、なおす、した」
「怪我人って……隣でぐーすか寝てるやつら? 怪我してたの? 蹴り上げてやろうかと思った」
薫くんが隣の部屋を見て、最後ポツリと呟いた言葉に、劉さんと巳鶴さんはサッと彼に視線を向けた。
「……まだしてないってば」
責めるような視線の意味を的確に感じ取ったのだろう。
薫くんはいささか居心地悪そうに身じろぎし、ぷいっとよそを向いた。
「それにしても、よく部下達だけで行かせたね」
「まさか。綾芽さんや海斗さんも行っているようですよ。夏生さんも陣頭指揮を取りに向かったとのことでしたし」
「ふーん。結構大きな捕り物だったんだ」
「そのようですね。綾芽さんと海斗さんが直々に選んだ部下を数名置いて、他はほとんどそちらへ向かったらしいですから」
んぐ。綾芽と海斗さん、夏生さんも行ってるの? おじさん達が怪我したところに?
……大丈夫かなぁ?
「大丈夫ですよ。彼らなら無事です。むしろ、心配すべきなのは別のところにあるでしょうね」
「始末書とか?」
「夏生さんの胃とか、ですね」
薫くんと巳鶴さんの言葉の裏には、綾芽達に対する絶対の信頼があるようにうかがえた。
そんな彼らが大丈夫と言っているんだから、大丈夫なんだろう。
グギュルルル
あーはいはい。おにぎりね。
まったく、少しは遠慮ってものを覚えなよ。空気を読むってこともさぁ。
お腹の音が聞こえたらしき劉さんにおにぎりを手渡された。
劉さんにはさっきのすごいお腹の音を聞かれてるから、こんなもんじゃもう恥ずかしくないよ。
……恥ずかしくなんか、ない。
「巳鶴さんは行かなくてよかったの?」
「私は夏生さんからここで待機と言われています。代わりに応急処置などできる方を育てましたから。それに……」
「う?」
三つ目のおにぎりを胃袋におさめ、四つ目に手を伸ばしたとき、巳鶴さんから何やら不穏な視線を感じた。
小首を傾げる私に、頭を撫でてくる巳鶴さん。
「とても興味深い現象にも立ち会えましたから」
ニコッと笑顔なのに、なぜ?
巳鶴さんの目の奥がキラーンと輝いている。それが危険な輝きだってことは私にも分かった。
「……チビに変な薬とか使わないでよ?」
「使いません。ただちょっと、色んな
ぶるっと震えあがったら、ジト目をした薫くんがきちんと巳鶴さんに釘をさしてくれた。
く、く、くすりとは?
そういえば、薬草園の草むしりしてた時に、即効性の眠り薬、とかなんとか言ってたっけ。
あ、妖しい香りしかしないし、思いっきり頭の中で誰かがベルをガンガン鳴らしてるんだけどっ!
「りゅ、りゅー」
「……だいじょうぶ。こわい、ない」
劉さんって嘘つけないよね。今、明らかに視線泳いだし、返事も遅れたよ?
当然だけど、その色んな研究とやらに協力するのはごめんなさいしたい私の心情を察知したのか、巳鶴さんは先手を打ってきた。
「協力してくれる良い子には、美味しいお菓子をたくさん用意しましょうか」
美味しい……お菓子。
あいてっ!
薫くんに頭
「釣られるんじゃない。どんだけ食いしん坊なのさ」
「釣るだなんてとんでもない。それ相応の対価と言っていただきたいものですね」
巳鶴さんが肩を竦めるのと、部屋の襖が開くのはほぼ同時だった。
「ここにいたのか」
「おや、お帰りなさい」
夏生さんに綾芽、海斗さんがぞろぞろと中に入ってきた。
「なんや、君、起きとったん? あかんやん、寝とかな」
「なんかコイツ、震えてね?」
「トイレなら早く行け」
トイレはもう済ませたから違うしっ!
劉さんの腕にしがみついている私を見て、三者三様に言ってくる。
「チビが怪我人全員治したんだって。僕は直接見てないけど、隣でぐーすか高いびきかいてる奴らが怪我人だったっていうから、確かなんだろうね」
「……またお前は」
夏生さんが呆れ返ったように私を見てきた。
何か力を使うと悪意のある人に私が利用されるかもと、夏生さんは元々私が力を使うことに否定的だ。
それでも、彼は頑張った者には褒美をくれる。今回も、腕を伸ばし、頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「そんで、チビがお腹空かせて腹の虫がヤバいって僕が起こされたわけ」
「神の力を使ったことによる反動でしょうか。いや、それとも……実に興味深いですね」
ねぇ、見た? 見たでしょ!? ねぇ! また巳鶴さんの目がキラーンと光ったよ!
劉さんの腕をヒシッと掴むと、劉さんもよしよしと背中をさすってくれた。
その後、おにぎりをひとしきり食べ、劉さんに背中をさすられ続けたおかげで、いつの間にか眠りに落ちていた。
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