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 さーて、後は綾芽達が帰ってくるよりも先に屋敷に着く!


 これで私のミッションは成功だ。


 お菓子の入った袋をしっかり持ち、屋敷の方へレッツゴー!!



 橋を渡って、角を左に曲がって……ん?


 目の前には足が二本。


 いやいやいや、足だけじゃなくって。



 視線を足から上に身体を順に辿っていく。



 「……ぴゃっ!」



 いきなり抱き上げられ、顔が薄い本二冊分くらいの距離まで近づけられた。


 無表情だからこそ際立つ端正な顔立ちの男の人。


 長い黒髪を一房だけ結って、後は流れるに任せている。



 「む。あまり似ておらんな。まぁ、いいか」



 その男の人は、表情筋死んでるんじゃないかと思うほど瞬き一つせず、ただ一言のたまった。



 似てないって誰にさー。


 そして何がいいのさ。



 とりあえず、下ろしてー。



 私を抱きかかえたまま、くるりと方向転換。



 これは……そのまま連れて行かれるパターンですね!?


 いやいやいや、ダメでしょ!



 「いーやー!!」



 身体を海老反りにして、グリグリと動いた。


 抵抗されると思わなかったのか、はたまた抱き方が分からなかったのか、抱っこされていた手は意外とあっけなくほどかれた。


 だけど、それと同時に……。



 お、落ち……


 ……あ、あれ?


 落ちないぞ?



 身体の至るところに感じるだろう衝撃と痛みを想像して、思わず瞑っていた目をそろそろと開いてみる。


 そうすると、目を疑う光景が自分の身に起こっていた。



 う、浮いとるがな!!


 え!? あの数瞬の間に私、死んだの?


 あれ? でも、ここに来た時も結局死んだの?


 そもそも、この人、誰!?



 とりあえず分かっていることは、今現在進行形で浮いているということオンリー。


 地面が恋しい。ぐすん。



 「お、おろしてくだしゃい」

 「む? なんと。自分で下りられぬと」

 「あい」



 再び抱えられ、今度はちゃんと地面に下ろされた。


 悪い人、ではないみたい。


 だって、悪い人だったら、問答無用で連れて行ってるし。



 「わたし、みやび。おじしゃま、だぁーれ?」



 人に名前を聞く時はまず自分から。



 たぶん180後半はある身長を見上げると、首が地味に痛い。



 「……我が、分からぬ、と?」

 「ん? ごめんしゃい」



 な、何でだろう? とっても罪悪感、感じちゃうんですが。


 とりあえず、ペコッと謝っておこう。



 ……そしてそれはツッコミ待ちですか?


 一人称が我! 初めて聞いたよ!



 あと、もう一つ言いたいことがある。


 表情筋、仕事しようか。


 戸惑っているのか、悲しんでいるのか、はたまた怒っているのか、さっぱり分からん!



 男の人は、ふむ、と言ったっきり腕組みしたまま固まってしまった。



 この人、会ったことあったかなぁー?


 綾芽達の知り合い?


 一人称が我だなんて変わってる人、会ったら覚えてると思うんだけどな。



 こんな忘れなさそうな、むしろ忘れさせてくれなさそうな要素しか持っていない人を忘れてしまえるんだったら、どんな鳥頭だってことだよね。



 男の人が、えらく神妙な顔をするものだから――といっても、眉がすこぉーし寄っただけで大して変わらないんだけど、無表情がデフォルトの人にしてみれば、これが劇的な表情変化に思える不思議さよ――何を言われるかと思えば



 「……我は、そなたのである」



 ………………はい?

 


 私がその言葉を理解するのに、たっぷり二呼吸分はかかった。



 あっるぇー? おかしいな。


 私ったら、実は畳に寝転がってた時にそのまま寝ちゃってた?


 今は夢の中なのかな?  さっき浮いてたし。



 よく伸びる頬をみょーんと両頬ためしにつねってみると……あっ、痛い。


 いや、分かってたけど。夢じゃないって分かってたけどさ。



 誰が誰のパパさんだって? 


 しかも、パパさんって小さい子に言うようなこと、絶対言いそうにない顔の人に言われた……。



 私が何の言葉も返さなかったのが自称・私のパパさんはお気に召さなかったのか、もう一度口を開いた。



 「我は、そなたの、パパさん、である」



 ご丁寧に我のところで自分を、そなたのところで私を指差しながら、分かりやすく区切って話してくれおった。


 そんなに念押ししなくても、十分すぎるくらい聞こえてるから大丈夫。



 無表情な中にも、ドヤ顔に似た何かの片鱗を見てしまった私は、右手を伸ばした。



 「む?」



 気付いた自称・パパさんは腰から屈んでくれて、私はなんとか背伸びをして彼の額に手を当てることに成功した。



 うん。熱はない。


 熱に浮かされてこんな妙なことを言い出したわけじゃないんだね?



 つまり、この人は紛うことなきだ。


 それも、残念な部類の。



 「さぁ、パパさんと呼んでみるがよい」



 いや、呼ばないし。


 パパさん違うし。



 確かに、うちはシングルマザーだったし、お父さんの写真は一枚も残っちゃいないけど。


 私の本当のお父さんはここの世界の人じゃなくて、ちゃんと元の世界の人だ。たぶん。


 それに、たとえこの世界の人で、美形でも、こんな変な人がお父さんってのはちょっと……いや、大いに抵抗がある。



 「わたし、おつかいちゅうなの。はやくかえらなきゃ」

 「うむ。そうだな。早く帰るとしよう」



 おぉう? 本当に分かってるのかな? この人。


 一人で納得して、両腕を広げてきた。



 なんだ、この手は。


 飛び込んでこいってか。



 「おじしゃん、ばいばい」

 「……」



 無視された!


 ……いや、眉がちょーっとピクッて動いたぞ。



 「ばいばいとは何ぞ?」



 聞き返すところ、そこでいいの!?


 それに自分で言っといてなんだけど、あなたまだおじさんって歳じゃないと思うよ?


 夏生さん辺りに言うと、おじさんじゃねぇって言い返されるのに。



 「それから、我はではない」



 あ、やっぱり訂正するのね?



 「である」



 ……さいですか。


 どうあってもパパさんって呼ばせたいんですか、あなたは。



 「わたしのおとうしゃんはここにはいないでしゅ」

 「何を言う。ここにいるではないか」

 「……うぇー」



 なんだかメンドクサイ、この人。


 おっまわりさーん!! 春の陽気に浮かされた可哀そうなイケメンがここにいまーす!!


 ……って、綾芽達がその警察的役割なんだったっけ。


 これは、屋敷に連れて行くべき? それとも、放置で?



 とりあえず、危害を加えられることはなさそうだから、このまま連れてこう。


 でも、抱っこはダメ。抱っこされたら何か負けな気がする。



 後は大人に丸投げしちゃいます。


 だって、めんど……ゴホンゲフン。子供の手には負えないんだもの。

 


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