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 コンビニの自動ドアって、たまに反応してくれない時がある。

 どんな仕組みなのかよく分からないけど、今回も人間がいると判断されなかったみたい。無駄に身体を前後に揺らしてみたらやっと開いた。


 中に入ったら、目指すはお菓子のたな一択いったく


 なくなったお菓子と同じのは……あったー! よかったー! 

 しかも、絶妙な位置にある有能っぷり。こういう陳列棚って、ターゲットにしている人の目線で並べられてるって誰かが言っていたのを聞いたことがある気がする。それ、大正解だよ。だって、これだもん、これこれ。


 このコンビニには子供用に小さな買い物カゴが置いてある。それを手に取って、お菓子の数を数えながらカゴに入れていく。他にも美味しそうなのがあるけど、今は我慢我慢。


 最後の一つをカゴに入れ終わり、もう一度数を数える。よし、大丈夫。ばっちり合ってる。


 お菓子とはいえ、数が多ければそれなりの重さになってしまった。それに、子供の力もたかだか知れている。

 えっちらおっちらとカゴの取っ手を両手で抱え、レジの方へ行こうとした時。



「おかーさん、コレ、かってー」

「ダメよ。お菓子は一個まで! そういう約束でしょ?」

「えー! やだやだやだ!」



 私より少し背が高い男の子がお母さんの服のすそを引っ張って駄々だだをこねている。そして、さらに床にまで転がりだしたから、ビックリしてついポカンと口を開けて見入ってしまった。



「ほら、たーくんより小さな女の子がびっくりしてこっち見てるよ!」

「しらない! ほしい! たべたい!」

「もう! 他の人に迷惑かけないの! 起きなさい!」



 両腕を掴まれて無理やり起こされたたーくんとやらは当然ぶすくれたまま。


 私にもこうやってお母さんを困らせたことあったのかなぁ。もう随分と昔のことだから、全然覚えてないけど。


 ……お母さん、かぁ。

 今まであんまり考えないようにしてたけど、お母さん、どうしてるかな? 伯父さん達も。心配、してるよなぁ。



「……ふっ」



 あれ? おかしいな? 目が急に熱く……。



「ど、どうしたの!? 大丈夫?」

「いたい? けがした?」



 さっきまで喧嘩してた親子が、オロオロしながら私の前に膝をついて目線を合わせてくれた。男の子もさっきまでの駄々こねっぷりはどこへやら。まるで自分のことのように心配してくれている。


 一方の私も、自分で自分の流した涙に内心驚いた。泣くつもりなんか、これっぽっちもなかったのに。



「……ひっ……ひっく」



 止まれ止まれ止まれー。


 そう思っても、涙は止まらない。むしろ、増すばかり。



「けんかしたら、めっ、よ」



 小さな子供が他人の喧嘩けんかを目にして泣く理由なんてとても限られている。それになにより、この親子をこれ以上心配させちゃいけない。その一心で出た言葉だった。


 嗚咽おえつを抑えながら買い物カゴを床に置き、男の子の手とお母さんの手を取る。



「おにぃちゃ、おかーしゃんに、ごめん、して」

「……ごめんなさい」



 自分より小さな子供が泣きながら言う言葉に、男の子は素直に従ってくれた。お母さんもあきれ顔を浮かべつつ、すごく優しい手つきで男の子の頭をでている。



「……ぐすん」



 私も早くこの涙を止めなきゃ。

 楽しいことを考えよう。そうすれば止まるはず。


 楽しいこと楽しいことー。

 綾芽のお土産何かなー? 帰りにあの小川に寄ったら大きな魚いるかなー?


 今日の夜ご飯はなんだろー? 


 ……と、止まったー!

 ご飯のこと考えて涙が止まるなんて……薫くんのご飯が美味しいからいけない。


 ぐしぐしと服の裾で顔を拭ってると、男の子がキョロキョロと周囲を見渡しながら聞いてきた。



「おまえ、おかーさんは?」

「……おしごと、いってる」



 一瞬考え、そう答えておいた。もちろん、代役は綾芽だ。身の回りの面倒みてくれるお母さん的立ち位置だし。間違いではない。


 ……ごめん、綾芽。遠くでくしゃみをしていた時のために一応謝っておこう。まぁ、気づかれないとは思うけどね。でも、こういうのは気持ちだから。



「じゃあ、ひとりできた?」

「うん。おつかい」

「おまえ、すごいな!」



 聞けば、男の子の名前は健くんというらしい。たける、だから、たーくん。

 住んでるところが意外と近くらしく、私と綾芽がよく遊びに行く公園にもたまにいるんだって。世間って狭いよねぇ。



「危ないから、一緒に帰りましょう? 送っていくわ」

「んーん。ひとりでだいじょうぶ」

「でも」



 健くんのお母さんはすごく渋っていたけど、二人は他にも行くところがあるみたいだった。行かなきゃならない場所があるのに、私のことを送ってもらうなんてこと、してもらうわけにはいかない。


 当初の目的通り、買い物カゴを持ってレジに行く。

 レジではお姉さんが身を乗り出してカゴを受け取ってくれた。お菓子を詰めてくれた袋も、もし万が一引きずることになっても大丈夫なようにと二重にしてくれるサービスつき。一人でお使いすごいねってめられちゃったけど、理由が理由だけに、えへへって笑って誤魔化しといた。


 さてさて、お菓子も無事に買えたし。


 後は綾芽が帰ってくる前に猛ダッシュで帰るべし!



「たけりゅおにーちゃ、またね」

「こんど、こーえんであそぼうな!」

「うん! ばいばーい」

「車には十分気を付けて。寄り道しちゃダメよ」

「あい」



 コンビニを出る間際に、後ろに並んでいた健くんと健くんのお母さんに手を振る。そうしたら、私達のやり取りを見ていたコンビニのお姉さんも笑顔で手を振ってきてくれた。


 笑顔って万国共通、果ては世界が違っても相手に好印象を与える素敵なもの。今日はルンルン気分でスキップして帰れそうだ。といっても、実際は袋からお菓子が落ちないようにしないといけないからできないだろうけど。

 

 このコンビニ、立地も含めてリピーターになること決定です。


 でも、自動ドア。お前は許さぬ。今日二度目の拒否だって? お願いだから、しっかり認識してちょうだいよ。

 

 

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