人は見た目によらない
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□ □ □ □
温かい春の日の昼下がり。
数日前にやってきたこのお屋敷には、夏生さん達以外にも一緒に暮らしている人達がたくさんいる。聞いたところによると、全員お仕事仲間らしい。親戚の子供の世話をみるがごとく、皆、やって来たばかりの私を可愛がってくれている。
中には、子供に関わることなく過ごしてきたせいでどうしていいか分からないって人もいる。けれど、そんな人にもニコニコと幼児の無償の笑顔を振り
今は、ご飯ができるのを待ってるところ。暇を持て余すおじさん達とお昼のドラマを見ている真っ最中だ。
最後のエンディング曲が流れると、四肢を投げ出し、大広間の畳の上で大の字に。
ぐ~ぎゅるるるぅぅ~ ぐうぅおぉぉぉぉん
「おにゃかへったー」
空腹に負けた私の口調は舌っ足らずなものになった。
誰が一番先か分からないけれど、一人が失笑を漏らす。すると、何故かそれが連鎖していき、最終的には周囲が一丸となって爆笑していた。
あぁもう! うるさい、うるさい! そんなに笑わなくてもいいでしょうがっ!
そんでもって、誰!? 鶏が絞め殺される前みたいな断末魔がごとき高らかな笑い声をあげてるのは! まぁ、そんな鶏の声、実際に聞いたことはないけどね!
ギンッと鋭い視線を辺りに巡らせると、皆は誤魔化すように視線を散らした。
隣に座っていたお兄さんも口元の笑みを軽く握った
「ふぅー。
「おもしろくない!」
「堪忍なぁ。でも、神様でもお腹空くんやねぇ」
「おい、そろそろ昼飯にするぞ」
……ねぇ、ちょっとお待ちよ。
お腹減ってるの、私だけじゃないじゃんかっ。
腹へったーだの、飯ぃーだの言いながら食堂に駆けていくのを見てると、無性に理不尽な目にあわされた気持ちになる。
「ほな、行こか」
「……うん」
すっと差し伸べられた手を握る。
あの日、私を拾ってくれたお兄さんは
綾芽はなんだかんだと私の世話を一番に焼いてくれ、すっかり私のお世話係という役目持ちになっている。
うん。綾芽には感謝してもしきれないぐらい、とーっても感謝してるよ?
でもね、そんなお腹をよじるくらい笑わなくてもいいと思う。口元を隠してたって、それじゃあまったく意味がない。
じとりとした目で見る私に、綾芽は首を軽く傾げて誤魔化した。
「いただきましゅ!」
……また噛んだ。
どうも身体が小さくなって、思うように
まぁ、今は誰も気にしてないみたいだからいいっか。
今日のお昼の献立はお子様大好きオムライス。しかも、お店のやつみたいに国旗の旗がついてるやつ。ちなみに、スプーンもちゃんと子供用。
分かります。完全に私仕様ですね? いいでしょう。喜びましょうとも。
ワーイ、オハタガツイテルヨ。ヤッタネ。
思わず棒読みになるぐらいやさぐれた私の心のうちなど、誰も露知らず。
皆は味わって食べているのかと聞きたくなるくらい夢中になってご飯を口にかきこんでいる。私はオムライスだけだけど、皆はオムライスの他にハンバーグとポトフがついている。それでも足りないって人はおかわり交渉で席を立っていく。
そうそう。
綾芽に聞いたんだけど、ここは江戸時代とはちょっと違うらしい。
どんな風に違うのかというと
「あ、もしもし? 俺だけど。……え? オレオレ詐欺じゃないって!」
携帯もあれば
「おい、見ろよ。あの女優、ヤクで捕まったらしいぜ?」
「マジかよ!? 俺、大ファンだったのに!」
テレビもあれば
「誰だか知らんが、昨日風呂場の電気が付けっ放しだったぞ! 気をつけろ!」
電気もある。
その他諸々、元の世界とほとんど変わらない。
ただ、腰に刀。たまに銃。たまーに……バズーカ。ちなみに、バズーカの使用はホントはここでもダメらしい。でも、昨日大事そうにバズーカ磨いてる人見た。怖かったです、まる。
だから、別に生活水準には困ってない。
困るとすれば、手が小さくなって、持ち運ぶ物も少しだけってこと。お箸でご飯が食べにくいこと。あげくの果てには届いていたはずの所に手が届かないこと。今までできていたことをやるのが
それからもう一つ。
「ほら、もっと食え!」
「大きくなれよー」
「これもやろうな。お前、好きだろう?」
彼らは序の口で、一部、可愛がりを通り越してとことん甘やかしてくること。
「もうおなかいっぱいなの」
「あぁ、あかんあかん。この子のお腹、はちきれてまうやんか」
綾芽グッジョブ。
美味しいのに、美味しいのにっ!
あー、恨めしや。この小さい体と胃袋め。
「もうお腹いっぱい?」
「いっぱーい」
ん? 今の声、誰の声?
声がした方を振り向くと
「ふおぉっ!」
子供が大好きどでかいパフェではないですかっ! 色んな味のアイスにフルーツ、クリームにコーンフレーク。ちゃんとポッキーもどきも刺さってる!
子供扱いバンザイ! 子供扱い最高!
「せっかく君のために作ったんだけどなぁ」
「……」
元の姿の私とそう変わらないだろう歳に見えるコック服を着た男の子が、お店で見るような大きな器に入ったパフェを持って立っていた。
自分が作った料理には絶対の自信があるのか、その顔は、目は、このパフェ美味しそうでしょ?と、私に訴えかけてくる。
たらり、と。
開いた口から
た、食べたいっ! こんなに美味しそうなものをみすみす逃していいものか、いや、いいわけがない。絶対によくない!
そんな誘惑に負けた私が伸ばしかけた手をふんわりと包み込んだのは、隣に座っている綾芽の手だった。
「もうお腹いっぱいなんやろ? それ以上無理したらあかん」
「で、でもぉ」
デザートは別腹っていうよね?
だからちょっとくらい……ダメ?
……ダメですね、はい。
「あ、綾芽が保護者してる。
「薫。この子にあんまり変なこと教えんといてや。小さい子ぉは何でもかんでもすぐ吸収するんやから」
「かおる? おにーちゃ、かおるっていうの?」
パフェを持ってきてくれた少年は薫という名前らしい。某男性アイドル集団にいそうな顔立ち、身長の方はまだまだ発展途中ということにしておこう。
いやはや、コック服、決まってますよ!
「そう。ここの料理長」
「ふおぅっ!」
見た目によらず、偉い人でしたかぁ。人を見た目で判断しちゃいけないののいい例、パート2来ちゃったよ。もちろん、パート1は夏生さんで。
年はあんまり変わらないような気がするけど、この体だから薫お兄ちゃんと呼ばせていただこう。そんでもって、心の中ではくん付けで!
椅子からいきなりストンと降りた私を見て、薫くんは目を見張った。
「いつもおいしいごはん、ありがとうございましゅ。ここのごはん、とーってもしゅきっ!」
「……そう」
あらら。そっぽを向かれてしまった。
すると、上からクスクスと笑う声が聞こえてきた。顔を上げると、綾芽が口元に手をあてて笑っている。
「ほんま素直やないなぁ。あんな、普段は礼を言われるようなことないから、薫も照れてるんよ」
「ふぅーん。じゃあ、あしたからまいにちわたしがおれいいいましゅ!」
「えっ? あ、あぁ、そう。えっと……」
「ふふっ。これじゃあ、さっきと立場が逆やんなぁ。ほら、薫。えぇ子やろ?」
ご飯を作ってくれる人にお礼を言うの、当然だと思うんだけどなぁ。だって餓死するよ? いや、笑えないって。
とりあえず、今は食べれないパフェをもう一度作ってもらうために、幼児の無償の笑顔を振りまいておこうと思います!
「……またおやつの時間においで」
「あいっ!」
おやつの時間! その手があった!
あのパフェは冷蔵庫の中にしまっておかれるらしい。その容器で入るのかは分からないけれど、大事に大事にしまっておいてほしい。
「じゃあ、お散歩行こか」
「はーい」
定番となりつつある食後のお散歩、その後お昼寝、それからおやつ。
完璧な幼児のタイムスケジュールでございますが、なにか?
「かおるおにーちゃ、またあとでね」
「ん。気をつけて行くんだよ」
「あい」
なんだかまた保護者が一人増えた予感です。同じくらいの歳だろうに。とほほ。
でもまぁ、嫌な気はもちろんしないけどね。
というわけで、綾芽と一緒にお散歩いってきます。
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