6





 人があまり寄り付かない土地というものがいつの時代、どこの場所でもままある。


 蛍が選んだのはそのうちの一つだ。


 二人に向けられるのは明確な殺気だった。


 始めは上手く撒く予定だったが、母親の家から出てくるのを見られている。


 無暗に危険に晒すようなことはしたくない蛍は自分が知るその土地に誘い込む手に切り替えた。



「お前の相手か?」


「え? 僕かなー? 分かんない。だって、負けたヤツの顔なんて覚えてるわけないじゃーん」


「刺されればいい」



 そうは言っても、蛍も十分恨まれるに値する所業はやらかしている。


 道場破りで面子を潰された輩は数知れず。


 彼らは看板を持っていかれないために決して温かくはない懐と、山よりも高く海よりも深い誇りを傷つけられたのだ。


 さもありなん。



「ま、いいよ。暇つぶし相手くらいにはなってくれるから挑んできてるんだろうしぃ? 来なよ」


「黙って聞いていれば……きっさま!」



 安い挑発だが、怒りに任せ血をたぎらせた相手に冷静になるという考えはない。


 刀を振り上げて四方八方様々な手数で迫ってくるが、紫輝はそれをひらりひらりと躱している。


 あまつさえ踵を地面に打ち付ける余裕さえ見せる始末。



「ちょっとちょっと、君達弱すぎるよー。チェンジ要員いないの? チェンジだよ、チェンジ」


「貴様……俺達を誰だと思っている」


「誰?」


「俺達は壬生浪だ! そこの鬼副長土方といえば俺……ひっ」



 それまで黙って自分に向かってきた刀を捌くだけだった蛍が初めて自分から動いた。



「土方、か。なら今この首刈り取っても問題ないな」


「お、お前……攘夷志士か!?」


「鬼の副長殿は自分で仲間になれと言っておきながら顔を見忘れたと見える」


「ま、待て。待ってくれ! 俺は土方じゃないっ!」



 ヒタリと首筋に当てられた刀が男の熱を冷ました。


 蛍の身のこなしを見た周りの男達も呆然として刀の切っ先は下を向いてしまっている。


 幾人かはもう既に我先にと逃げ出していた。



「あーあ。君は今まで見てきた奴の中で一番バカだねぇー」



 よりにもよって彼女が最も嫌ってる男の名をかたるなんてさ、と紫輝は興が醒めたのか両手を頭の後ろで組んで側にあった大岩に腰かけた。


 蛍はそのまま刃先を男の首筋に当てたまま、男の耳に口を寄せた。



「二つ、忠告だ」



 男は目だけを蛍の顔へ向けた。


 僅かに震えているせいで触れるか触れないかの位置で蛍が寸止めていたのにも関わらず、自らその首に傷をつけている。


 ツーっと走る赤いだろう自分の血が流れるのを感じ、黙って蛍の話を聞くことを余儀なくされた。



「一つ、私に関わる人に手を出すな。もちろん、あの家に住む人にもだ。二つ。土方の名をこれからも騙るというなら、命を落とす覚悟を持て」


「わ、分かった!」


「あともう一つ」


「な、なんだ?」


「お前達は誰に雇われた?」


「に、西本願寺傍の剣術道場の男に」


「馬鹿な。名は?」


「し、知らん。賭場で話を持ち出されたんだ。本当だ!」



 西本願寺傍に剣術道場は確かにある。


 しかし、その剣術道場の男に自分が恨みをもたれる理由に蛍は思い当たるものは全くなかった。


 むしろその界隈、壬生から西本願寺まで一帯をなるべく立ち入らないようにしていたくらいだ。


 今日、この島原近くに来たのだって過去の自分がどうなっているか探るためで、その確認が終わればまた足は遠のくはずだった。



「……っ!」



 僅かに蛍の意識が己からそれたことを感じ取れたのか、男は刀から逃れ、一目散に駆けだした。



「あーあ。いいのー? 逃げちゃうけど」


「……構わない。どうせ重要なことはなにも知らされていない尾だ」


「ふぅーん。トカゲ、ね。ま、君がいいんだったら僕も別にいいけどー。全然楽しめなかったしー」



 蛍はしばらく考えてみたものの、やはりそのような所から恨みを買う覚えはない。



(しばらく様子を見に行った方がいいってわけか)



 なにかにつけて段々と足を遠のかせられればいいと思っていた思惑は、意外なところで頓挫させられた。


 暑い夏がもたらした頭の痛い一日だと、蛍は能天気にあくびをもらす紫輝の頭を殴ってやりたい衝動にかられながら、空を仰いだ。




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仇花に想いを寄せて 綾織 茅 @cerisier

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