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先程までいた場所から僅かに道をそれ、辿り着いたのは懐かしき一軒家。
蛍が母と二人、仲睦まじく過ごした思い出のつまった場所だ。
「ここで大丈夫です」
門の前で母は丁寧に一礼した。
姿はやつれていても、芸妓衆に振舞い方を始めとした様々な道の教鞭をとっているだけあってその身のこなしはさすがと言わざるをえない。
「どうか、気を落とさずに」
「あの、ケイさん、もし良かったらたまにここに遊びにきてもらえんやろか。貴女のふとした仕草があの子そっくりで……あの子が帰ってきてくれたみたいやから」
そう言うと、母は再び涙を瞳に浮かべた。
本当なら仕草が似ているという指摘を受けている時点で距離を置くべきなのだろう。
いつ、どこで、ついた嘘がバレるか分からない。
絶対という言葉がないことなど、ここに飛ばされた時点で知っている。
だけど。
「ほら、泣かないで下さい。……時間がある時でいいなら」
「か、かんにんなぁ。やっぱり止められへんくって」
たとえ時が流れて身体が変わり、性格も変わったとしても、この人は自分の母親で。
目の前に差し出せる手があるならば、どうしても叶えられない望み以外は叶えてあげたくなるのだ。
「その様子だと睡眠も食事もろくに取れていないでしょう? 何かそこらで見繕って買ってきますから、中に入って休んでおいてください」
「……おぉきに」
目元を緩ませた母に滅多に浮かべない微笑みを見せ、踵を返そうとした時だった。
「
懐かしい声がした。
ドクリと一際大きく鳴る心臓は、だんだんと鼓動を早めていく。
(……あぁ、姐様だ)
「……いえ、私は今から何か食べるものを見繕ってくるので。失礼します」
極力顔を見ないように、見せないように顔を伏せ、蛍は足早に地面を蹴った。
「あっ! 待ってよー」
傍で見ていた紫輝がそれを追いかけていく。
その背を何か思案げに見つめる母と、不思議そうに母と二人に視線を交互に移す明里の二人だけが残された。
通りを二つほど行き進んだ道辻で蛍は道端の木に手を当て、顔を伏せた。
紫輝はその様子を頭の後ろで両手を組んでジッと見つめている。
「ねぇ、君。もしかして、前にもここに来たことあったー?」
「……は?」
「だって、おかしいんだもーん。新選組の彼らを目の敵にしてるかと思えば、そこら辺の女の人にはそんなに狼狽えてる。しかも、話の内容からして初対面なはずななのにねー」
「気のせいだろ」
「本当? じゃあ、さっきの人に言ってみようかー。あの子の名は、本当はケイじゃなくってホタルですって」
「……貴様。それを言ってみろ。その場でその首切り落とす」
「アハッ! ビンゴ? 僕達、運命共同体なんだからさ、教えてよー。君が隠しているこの状況に関すること全部。ね?」
隠してなんかいない。もとより話すつもりがなかっただけで。
どうしたって話してもらうまでは動かないと言わんばかりの紫輝の様子に、蛍は深い溜息をつき、淡々と言って聞かせた。
「へぇー。そんなこともあるんだねー」
「……信じるのか?」
「だって、実際に自分の身にもありえないことが起きちゃってるし。他にもありえないことがあったっておかしくないよねー?」
「……変なヤツ。いいか? このことは絶対にあいつらにも、あの人達にも言うな」
「了解でーす。でもいいの? せっかく会えたのに」
「いいんだ。また会えただけで。これ以上の高望みはしちゃいけないし、私の目的はあの人達とまた昔のように過ごすことじゃない。昔のようにならないようにすることだ」
「……ふーん。まぁ、君がそれでいいなら何も言わないけど」
「なら行くぞ。あんまり遅いとあの人が心配する」
「なんだかんだ言って、やっぱり戻りたいと思ってるくせに」
「……何か言ったか?」
「ううん。なぁーんにもー?」
蛍と紫輝は近くにあった干物屋で干魚を買い求め、母が待つ家へと道を引き返した。
二人が家に戻った時、すでに明里の姿はなく、蛍は気付かれぬようホッと息を吐いた。
「……おいしい」
「それは良かった」
たとえ会えたとしても、遠くからそっと見るだけでいいと思っていたのだ。
そんな人達が目の前にいて、実際に話している。
どこで緊張の糸がほどけ、墓穴を掘るのか分からない。
それでも蛍には吐いた溜息が元気そうで安心した安堵感からのものなのか、ボロを出す前に帰ってくれたことに対する安堵感なのか、それともその両方なのか、すでに答えを見失っていた。
「それじゃあ、しっかり栄養をとって養生してくださいね?」
「ほんま、おおきに。また来てくれるん楽しみにしてます」
「はい。じゃあ、また」
先に外に出ていた紫輝が壁から身体を離す。
見送りに出ようとした母を手で制し、蛍は外に出た。
「いるか?」
「うーん。新選組がってことなら違うんじゃないかなー?」
「ならいい。まくぞ」
「オッケー」
戸にかけていた手を素早く動かし、一気に駆けだした。
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