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 一足先に駆けだしていた蛍は、少し離れた所からフラフラと彷徨い歩く女性の姿を見つめていた。


 蛍、蛍と自分と同じ名を悲痛めいた声音で呼びながら探すその女性に、蛍は覚えがある。



 「……母様」



 小さく呟いた声は吹いた風に呑まれ、掻き消えた。



 「もー、急に走って行っちゃうんだからさー」



 紫輝が追い付いてきて、不満を頬を膨らませつつ口にした。


 その間も蛍の目は母から離れない。



 「蛍って、君の名前じゃない? 知り合い?」


 「……あぁ」


 「あっ! ちょっとー!」



 蛍はその女性の元へと足を向けた。


 近づくにつれ、その女性の目元には隈が浮かび、何日も寝ていないことが窺える。


 よろよろと危なっかしい足取りに、とうとう道端の石に女性の足はからめとられ、派手に転んでしまった。



 「大丈夫ですか?」


 「……えぇ。おぉきに」



 覚えているよりも、だいぶ小さな手をとり、蛍は女性を立たせた。



 「どなたかお探しなのですか?」


 「……娘を。数か月前から行方知らずになってしもた娘を探していて」


 「そう、ですか」



 数か月前といえば、蛍がこちらに飛ばされた時期くらいだ。


 自分と入れ替わるようにしてあちらの時代に行ったのか、それとも存在自体が掻き消えたのか。


 それは今は神のみぞ知ることか。



 「……もしかすると、あなたの娘さんを知っているかもしれません。明里という方の名前に覚えは?」


 「私が芸事を教えてる島原の芸妓はんに……」


 「江戸から京まで来る途中の山中で、斜面から落ちた瀕死の少女に会いました。京でかどわかしに遭い、自分の名は……」


 「まさか……」


 「明里姐様と、今年も侘助わびすけが見たかった、と」


 「そんなっ!」



 蛍は泣き崩れる女性、母の背を優しく撫でた。


 悪いとは思うが、もう会えない子を想って泣かれるのを見るのは辛い。


 蛍にとっても苦渋の決断だった。



 人目もはばからず、ただただ嗚咽を漏らす母。


 これ以上は見ていられない。



「家まで送ります。さぁ、立てますか?」


「……蛍が……あの子が、どうしてっ!」


「……娘さんが今のあなたを見たらどう思うでしょう? きっと同じように泣いて悲しみますよ」


「……蛍、が……?」


「えぇ。きっと……いえ、必ず」



 流れた涙はそのままに、母が顔を上げた。



 泣かないで欲しいというのは自分のエゴだ。


 母ならば、母娘たった二人の家族ならば、その片割れを失った悲しみは自分もよく知っている。


 この五年後、病に倒れたこの母を見送るのは自分なのだから。


 図らずもあの沖田総司と同じ、現代ならば助かるはずの労咳で。



「……あなた、お名前は?」


「え?」


「不思議なんや。あの子と同じ仕草しはるあなたが」


「……気のせいですよ。私の名は朝霞ケイです」


「ケイ、さん」



 音を確かめるように呟く母。


 蛍は内心己のしくじりに悔悟かいごしつつ、表では平静を装った。



 いつの、どの仕草が似ているというのだろうか。


 無意識下での動作は如何ともしがたい。



 それを紫輝は少し離れた位置でただジッと見つめていた。




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