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「じゃあ、行ってくる」


「気をつけてね?」


「うん。日暮れまでには戻るようにするから」


「行ってらっしゃい」



 門の前で手を振り見送るお紺に背を向け、蛍と紫輝は大通りを西へ向かった。


 その先には京の花街、島原がある。



 間違われやすいが、島原の女性達は江戸吉原の女性達と違い、身体は売らない。


 幼い頃から血反吐を吐く思いをして身につけた芸を売る。


 それが江戸吉原の娼妓しょうぎ達とは違う、島原の芸妓衆の誇りにも繋がっているのだ。


 中にはねんごろな関係になる芸妓と客もいたかもしれないが、それが全てではない。


 蛍が実の姉のように慕ってやまない明里も太夫に次ぐ天神として、多種多様な芸事を持ってして客を楽しませていた。



 その島原に行って、今の蛍がどうなっているかを探る。


 それが今日の外行きの最たる目的である。



 本来、同じ時間軸に同じ魂を持つ存在が二つもあることなどあり得ないし、あってはならない。


 今のままでは手元にある情報が少なすぎた。



「……どっちがいーい?」



 紫輝が両手を頭の後ろで組み、おもむろにそう問うてきた。


 一見何のことだか分からない質問のようにも思えるが、蛍にはちゃんと分かっていた。



「左」


「じゃあ、僕右ねー」



 次の瞬間、二人はなんの合図も出してはいないというのに、まるで示し合わせたかのように同時に駆け出した。



 少し先にある人気ひとけの少ない路地。


 蛍達は大通りをそれ、その路地へと駆け込んだ。


 そしてそのまま路地裏へ出て、建物の陰となる両脇へ分かれた。



 ついてきた足音がこちらに近づくにつれ、目で互いに牽制しあう。


 自分の獲物を横取りするな、と。



 そして、それぞれの獲物が路地から顔を僅かでも出した瞬間。



 蛍はあらかじめ右腰に差し直しておいた刀の鯉口を切り、半ばまで抜いた刃の峰を相手が左腰に差している刀のつばに押し当てた。


 こうすることで、相手はそれ以上刀を抜けない。


 体勢を変え、なんとか抜こうとあがいても、それより早く刃先を返せる蛍に脇腹を切られるのは目に見えている。



 一方の紫輝はというと、地面と水平に構えた銃の銃口を相手のこめかみに当て、カチッと安全装置を解除し、こめられた弾が相手の頭を貫通させることをいつでもできる状態にしていた。



 「こそこそとスリか盗人のようにつけ回すような真似をするなど、随分と暇なようだな? 壬生浪は」


 「おいおい。偶然だろ。俺達はたまたまこっちに用があっただけだぜ? なぁ? 左之」


 「おぅ。土方さんにちょっくら頼まれ事してたんだよ」


 「ほぅ? わざわざ屯所と逆方向の武家屋敷が立ち並ぶ区域からここらまで同じ道を通る頼まれ事か?」


 「さぁな? それは言えねぇよ」


 「……」



 蛍が相対しているのは壬生浪の中でも指折りの実力者である永倉新八。


 軽く会話をしているように見えて、その実、両者共に針穴に糸を通すがごとく集中し、相手の一挙手一投足に神経を張り巡らせていた。



 そして唐突に始まった相対は、唐突に終わりを告げた。



 「蛍ーっ!」



 甲高い声で名前を泣き叫ぶ女性の声が通りを駆け抜けていく。


 蛍はその声を聞くや否や刀を鞘に納め、周囲にサッと視線を這わせた。


 そして、件の女性の姿を遠くに見つけると、そちらに馳せ参じようようと踵を返した。



 「おい!」



 一瞥をくれる暇すら惜しいとばかりに蛍は一切後ろを振り向かない。


 置いてけぼりにされた形の紫輝は別段気にした素振りもなく、銃を下ろした。



 「君達さぁー蛍さんに徹底的に嫌われてるんだから、諦めたらー?」


 「……お前、ヤツが俺達を嫌う理由を知ってんのか?」


 「さぁ? 知ってても知らなくても一緒だと思うよ? だって、君達に教える義理なんてもの、僕にはないからねー」


 「てめぇ」


 「よせ、左之!」



 得意の槍を操ろうとした原田を永倉が押し止めた。


 それを見て、紫輝がパチパチと拍手を送った。



 「いやぁ、賢明な判断だね。……僕と君達とじゃ、殺してきた人数に天と地ほどの差があるんだよ」



 ゾクリと肌が泡立つ感じが二人を襲った。


 必要時に迫られて人を殺めるのと、ソレそのものを生業にしているものとの差が大きく出た。



 動かなくなった二人に、紫輝は満足そうに笑った。



 「……じゃ、あの子は僕のだから。邪魔、しないでよねー?」



 背後をもう一度とろうとする気持ちは、この時の永倉と原田にはどうしても起きなかった。



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