同じ轍は二度踏まぬ

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 夜が明け、スズメの鳴き声が庭先から聞こえてくる。


 障子の隙間から漏れてくる木漏れ日が、目に眩しい。



 夜半のあれから結局蛍は寝ることができず、悶々としたまま朝を迎えていた。

 

 紫輝も本来は部屋が違うというのにも関わらず、そのまま居座り、あろうことか蛍の部屋で寝こけている。



 暗殺者が仮にも命を狙われるかもしれない相手の前で寝るのはどうかと思わないでもないが、無暗矢鱈と手にかけるつもりもない蛍はただ黙って実力行使に出た。



 つまり。



 「……いつまで寝ている。さっさと起きろ」


 「ぐえっ! ……ちょっとー、僕、朝弱いんだよー」


 「知るか」



 布団の上から踏みつけた足をどけ、蛍は障子と逆側に回り込んだ。


 そしてそのまま足で紫輝の身体をグイグイと開け放っておいた障子の向こうへ押し出していく。



 「ひーどーいー」


 

 朝が弱いとは本当のようで、さして抵抗もなく部屋の外へ追い出される紫輝。


 身体の全てが部屋の外へと出された後、障子は蛍によって鮮やかに小気味のよい音を放って閉められた。



 昨日着ていた襦袢じゅばんは汗を吸ってしまって気持ち悪い。


 どうせ着替えるのだからと襦袢ごと新しい物を出した。


 黒地に流水紋の入った洒落た柄の着物は、亡くなったお紺の夫が好んで着ていたものだという。



 「……ぴったりだ」



 せっかくの思い入れがある形見の品を次々と自分用に用立ててくれるお紺には頭が下がる。


 どうやら亡くなった旦那は背格好は紫輝のソレとあまり変わらないらしい。



 (次から着物類は全て紫輝に回してもらおう)



 自分達がいなくなった時、少しでも旦那との思い出の品を残していて欲しい。


 幸いにして資金調達はできている。


 まぁ、それが道場破りという真っ当な資金の調達方法ではないことは確かだけれども。



 「ねぇーまだー?」



 いつの間にか部屋に戻って着替えてきたのか、障子の向こうにはスーツ姿の紫輝の姿があった。



 「入ってきたら貴様の命はない」


 「うわぁ。こわーい」



 いちいち勘に障る言い方をする紫輝に、蛍はプチプチと堪忍袋の緒が切れていくのを感じた。


 さりとてやめろと言ったところでやめようとしないことは、この短時間の間でも分かる。



 「なんでこんな面倒なヤツと一緒に飛ばされたんだ」

 

 「えー? 何か言った?」


 「言ってない! ……地獄耳め」



 これ以上着替えるのが遅ければ、このままこのくだらない口調に付き合わされる。


 そう判断した蛍は手早く着替え、障子を開けて部屋を出た。


 もちろん、廊下に立っていた紫輝のすねを八つ当たり気味に蹴り上げることを決して忘れはしなかった。



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