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「すみませーん。
「…………」
縁側に座って茶を飲んでいると、またもや声をかけられた。
そちらに素早く視線をやると、塀の上に腰かけた見知らぬ黒スーツを着た若い男が手をヒラヒラと振っている。
(……朝霞の名を知っている? 何故?)
朝霞は蛍の現代での名字であり、有名な旧家のものである。
もちろん、こちらに来てからお紺にさえ名乗っていない。
「朝霞蛍さん。やっとみーっけ。探したんだよー?」
「私はケイだ」
「……ふーん。ま、いいやー。じゃあ、ケイさん。ちょっとお話しましょーよー」
ニコニコと何を考えているか分からない笑みを浮かべる男に、当然ながら不信感しかわかない。
「断ると言ったら?」
「えー。困るなぁー」
全く困ってはいないはずだ。
その証拠に表情は少しも変わっていない。
ニコニコと笑顔のままだ。
目の奥が笑っていないのではなく、本当に笑顔なのだ。
おもむろに男の手がスーツの中にのび、蛍達は刀に手をかけた。
「あー、無駄だよー? 届かないでしょー? ここまで。でも残念。こっちは届くんだー」
カチャッと男の左手に構えられたのは、本物の銀色に光る銃。
しかも、この男。
(笑顔で銃の安全装置を解除したな)
「君達四人は運よく避けれてもさー、そこのお婆さんは避けれないよねー?」
「……っ!」
銃口を向けられたお紺は息をつめ、怯えた表情に変わった。
(……ちっ)
内心舌打ちをした後、お紺を庇うようにして蛍は一歩前に出た。
「分かった。ここでは話は聞けない。場所を移すぞ」
「うん、いいよー。じゃ行こっかー。あ、お婆さん、本気で撃つつもりは今はなかったからー。恐がらせてごめんねー?」
そう言うと、ひらりと体を塀の向こう側に跳躍させた。
男を追いかけるために蛍も門へと向かおうと庭に出た。
「おい!」
「お前一人で大丈夫なのか?」
「あんた達には関係ない。もう用は済んだはずだ。屯所に帰れ」
「あ、おい!」
蛍は今度こそ小走りに屋敷の門をくぐり、男の後を追った。
蛍が出てきたのを確認すると、男は少し離れた寺の裏にある竹林へと導いた。
ここは昼間でも人通りがほとんどない。
男はある程度進んだ所で足を止め、こちらを振り向いた。
相変わらず顔には笑みを貼りつかせている。
「じゃあ改めて、朝霞蛍さん。これがどういうことか説明してくれるかなー?」
「見知らぬ人間に、何を?」
「あー、そっかー。僕はナイト。組織の中じゃそう呼ばれているんだー」
「ナイト? 組織?」
蛍は眉をキュッと寄せ、男を睨みつけた。
「僕さー、あの日、君の命狙ってたんだよねー。上から命令が来て。
そしたらさー黒いモヤモヤしたのが僕の所に来たんだよねー。
気づいたらここにいたんだよ。
本当ビックリしたのなんのって。周りみーんな着物だったしー、聞けば年号が文久なんて言うしさー。
……ね? どういうこと?」
ニコニコと聞いてはくるが、細められた目は今度は全く笑っていなかった。
暗殺者独特の空気を目の前にいる男は確かに身に纏っている。
「僕ねー、暑いのと寒いの苦手なんだよー。
だから早く元の時代に戻ってクーラーのきいた部屋で思いっきり涼みたいのー。
何か分かんないけど、君が原因みたいだしー。
何をすればいいのか分かんないけどさー、僕も手伝ってあげるから、早く帰ろーよー」
「………」
(帰れるものなら、とっくの昔に帰ってるさ)
蛍が黙っていると、何を思ったのか、ナイトは言葉を続けた。
「大丈夫ー。元の時代に戻っても君のことは殺さないよー。
帰れるかどうかは君にかかってるんだしねー。依頼人も気に食わない奴だったしー」
こんなことを軽く話す男は信用できない。
特に殺し屋は。
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