思わぬ運命共同体

1



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 あくる日、天気が良かったので、蛍は庭に出て木刀で素振りをしていた。


 庭を眺めることができる部屋は障子が開け放たれており、お紺がその様子を団扇で扇ぎながら見ている。



 季節はもう夏だ。


 今は六月、現代で七月。



 屋敷が塀で囲まれているのをいい事に、蛍は小袖を腰の袴の位置で曲げ、胸に晒しを巻いている以外、上半身はほぼ裸だった。


 もう小袖は着ているというより、腰に巻いている状態だ。


 最初こそはしたないと苦言を呈していたお紺もすでに諦めている。


 連日に渡るこのうだるような暑さに、二人共辟易へきえきしているのだ。


 現に、素振りをしながら体には汗をつたわせていた。



 「……あっつ」



 流れ落ちる汗の量にとうとう我慢できなくなり、素振りをやめて額や喉元の汗を手の甲で拭った。


 再び素振りをし始めようと木刀を構え直すと、門の方から声が聞こえてきた。



 「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」


 「…………」



 聞き覚えのある声に、蛍はさっと小袖に腕を通し、井戸の向こう側に駆け込み隠れた。


 門を開けて、中に入ってくる足音がする。


 蛍はじっと息を潜めた。



 「あの、何か?」


 「松本さんですよね? こちらに今、ケイという居候がいると思うんですけど」



 (良かった。お紺さんにも道場破りしてる時に使う仮の名前を教えておいて)



 たまに道場破りした相手の門下生が腹立ち紛れに家をつきとめてやってくるのだ。


 そのおかげか、お紺は大して狼狽えることなく自然に応対してくれた。



 「あなた方は?」


 「申し遅れました。私、壬生浪士組副長助勤の沖田と言います。それでこっちは……」


 「副長の土方だ」


 「……まぁ」



 ここはお紺さんの機転に任せるしかない。


 うまくあしらってくれるといいのだが。



 (頼む。お紺さん)



 「私達はケイさんに話があって来たんですよ。今、どこにいますか?」


 「ケイさんなら、今朝早く江戸に発ちました。理由や戻ってくるかは聞いておりません」



 (よし。いいぞ)



 実際にはできないが、心の中で小さく握り拳を作った。



 …………しかし。




 カチャリ




 「…………」



 刀の鍔を鳴らす音が蛍のすぐ後ろから聞こえてきた。


 体は動かさずに、首だけ動かして相手を見ると、全くの無表情である斎藤が背後をとっていた。


 相も変わらず気配を消すのが上手い。



 居合いの達人である斎藤の刀が届く間合いに入れば、まず逃れるのは苦労する。


 観念して立ち上がり、皆の前に姿を現した。



 「ほたるさん!」


 『……蛍?』



 (……しまった)



 お紺が思わず呼んだ名に、三人共一斉に反応した。


 それもそのはず、何の因果か姿は変われど名は変わらなかった。


 だから道場破りの時に名乗るのは、読みを変えて“けい”としていたのだ。



 今となっては、これも全てこれから果たす復讐のため。



 だが大丈夫。


 まだ言い繕える範囲内だ。



 「お紺さん。私はケイだって。‘‘ほたる”は通し名だから。同じ字を書くから間違えるだろうけど」


 「あ、そう……そうだったわね。ごめんなさい、つい」


 「いいよ。お紺さん、この方達にお茶を用意してくれる?」


 「えぇ」



 お紺を勝手場に行かせた後、じろりと三人を睨みつけた。


 お紺に対しては穏やかに接していた蛍の態度は真逆のものへと変わり、それはまた沖田も同じことだった。


 明らかに敵愾心てきがいしんを剥き出しにしている。


 まだあの夜のことを根に持っているらしい。



 「それで、まだ何か?」


 「俺は諦めちゃいねぇ」


 「しつこいな、壬生浪の副長も。暇なのか? 暇なら趣味にでも勤しんでは? いつもカリカリしていそうだからな。盆栽とかとかはどうだ? 心が落ち着くぞ?」


 「……てめぇ、何か知ってやがんのか?」



 わざとではないが、思いのほか俳句という所に声がこもっていたらしい。


 土方はピクリと肩を震わせて、元々低い声をさらに低くさせた。



 「別に。一般論だ。頭がキレるらしい副長ならさぞや素晴らしい俳句を詠むんだろうな」


 「てめぇ……」


 「ふっ。土方さん、素晴らしい句ならもうたくさん作ってますよね?」


 「総司。おめぇは何だ? こいつと一緒になって俺を徹底的に馬鹿にしようって魂胆か!?」


 「違いますよ。馬鹿にしてはいません。……けなしてるんだよ」


 「んだよ、こらぁっ!」



 沖田が小さくぼそっと呟いた声は、しっかりと地獄耳の土方の耳に届いていたらしい。


 沖田の着物の襟をしっかりと掴み、土方は睨みをきかせた。


 だが、沖田はそれに顔色一つ変えず、むしろ好戦的に瞳の色を輝かせている。



 「お待たせしました、みなさん」



 お紺が全員分のお茶を盆の上に乗せ、こちらにやってきた。


 お紺の前だと冷静に考えたのか、土方は手を離すとンンッと一つ咳払いをし、沖田はそんな土方を横目で見ながら乱れた襟を整えた。



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