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―――――――



 懐かしい場所に足を踏み入れ、大声で喚き散らしたくなる。


 見慣れた門、玄関、庭、縁側、部屋の造り。


 一寸たりとも違わない。



 「こっちだ」



 感情を表には出さず、ただ黙って斎藤の後についていく。


 部屋の前についた時、ふと考えた。



 (私は抑えが効くのか?)



 足を止めた蛍を訝しむような目で見ながら、斎藤は中に声をかけた。



 「副長。例の者を連れて参りました」


 「あぁ。入れ」



 その声に心の中の炎がさらにはげしく燃えだした。



 「失礼します」



 斎藤が開けた障子の向こうには、悔しいくらいの面子が揃っていた。



 「近藤さん、この人連れてきましたよ。誰かさんの我が儘を聞いてあげたんです」


 「何だと、こら」



 相変わらずの沖田の台詞。


 その沖田の台詞に敏感に反応する男。


 その男を瞬きする間も惜しむように蛍はじっと見つめていた。



 いや、睨みつけていた。



 「まぁ、こちらに来て座りなさい」



 僅かに躊躇った後、すっとその場に腰を下ろした。



 「何もそんな端に座ることはないだろう? ほら、もっとこっちに」



 (……はぁ)



 「あなたは壬生浪の局長とお見受けする。そんなに外部から来た者をすぐ信用してはなりません」


 「近藤さん、こいつの言う通りだぜ。あんたにはもうちっと人を疑うってことを覚えてもらわにゃ」


 「分かった分かった。だから早くこちらに来なさい」


 「分かってねぇじゃねぇかよ……」



 ハハハと大きな口を開けて笑う近藤と、眉間に手を当ててできた皺を伸ばそうとする土方の姿は何とも対称的だ。



 「土方さん、俺達もう行っていいか?」


 「島原も解禁でいいんだよな?」



 廊下にそのままたたずんでいた永倉、原田、藤堂が土方に尋ねた。



 「あぁ。いいか? 門限は守れ」


 『了解!』



 そう言うと、道場の方へ走っていった。


 きっと夕方まで汗を流して、島原でうまい酒と……的な感じだろう。


 行動パターンはもう読めている。



 「ささっ。早く早く。あぁ、座布団がないな。歳、座布団はどこだ?」


 「近藤さんが出すなら私がだしますよ」


 「……俺が出すから。近藤さんは座っててくれ」


 「土方さんが出すなら俺が」



 (…………漫才か)



 座布団一枚ごときで、何故火花を散らさねばならぬのだ。


 蛍はフゥと息をついた。



 「座布団は結構。正座には慣れていますから。用件を手短に」


 「……分かった。お前には壬生浪士組に……」


 「断る」



 土方は己の言葉が途中で遮られ、みるみるうちに眉間に皺を寄せた。



 「人の話は……」


 「壬生浪士組に入隊しろ、というなら却下。協力も。仮隊士も。小姓も」



 考えられるだけの繋がりを全てつらねた。



 「……てめぇ」


 「話は終わりのようだな。これで失礼させてもらう」


 「ま、まぁ。待ちたまえ。君の気に障ることをしたなら謝る。話をもう少し聞いてはくれないか?」



 頭を下げた近藤を見て、沖田が鋭い瞳で蛍を睨んだ。


 その視線を全く気にせず、蛍は腰をあげた。



 「局長。あいすみませんが、もう私から話すことはありません。では」



 踵を返し、障子に手をかける。



 (…………あ)



 何かを思いつき、蛍は足を止めた。


 そしてもう一度振り向き、土方の前まで足を進めた。



 「副長」


 「何…………ッつ」



 蛍はしゃがみこんで土方の胸ぐらを掴んだ後、平手打ちを繰り出した。


 あまりのことに、周りはただ呆然としていた。


 女に叩かれたことはあっても、男、それも年下の男から平手打ちされたとあって、土方もしばらくは目を見開いていた。



 「…………失礼。蚊が止まっていた」


 「……蚊、だと?」


 「あぁ。では、家に人を待たせているので」


 「待ちやがれ!」



 土方が蛍の肩を掴み、振り向かせた。


 振り向いた時の蛍の瞳は仄暗い、僅かとはいえ殺意を感じさせるものだった。



 「……おめぇ」


 「………………」



 僅かに怯みを見せた隙に、蛍はその手を払い、部屋の外へ、屯所の外へ出ていった。



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