3
次の日、蛍は鍛冶屋にいた。
自分の刀を見繕うためだ。
何本か試し、手にしっくりくる物を選ぶ。
(正直、ここで何かを手にしたら、元の時代には戻れない気がする)
けれど、今の自分には必要な物。
もし、昨日の沖田や斎藤のように剣豪であれば、刀が折られることもある。
いくら譲ってくれたとはいえ、形見である物を粗末にするのはお紺に申し訳ない。
早急に用立てる必要があった。
「……これだ」
ようやく手にあうものを見つけ、揃いの脇差も一緒に買い、鍛冶屋を出た。
(…………)
「こんにちは」
目の前にずらりと並ぶ浅葱色のだんだら羽織を身に纏う集団。
憎らしい程に笑みを浮かべた沖田を先頭にして。
昨日してやられたのが余程悔しかったのか、目は全くと言っていい程笑っていない。
(沖田、斎藤、永倉、藤堂、原田。助勤格ばかり)
昨日よりさらに分が悪い。
蛍は頭の中でどう対処するか算段をつけ始めた。
「昨日はよくもやってくれたな」
「おいおい。総司を怒らせたら手に負えないぜ?」
永倉がやれやれといった風に両手を軽くあげ、首を左右に振った。
それを見て、沖田がムッとする。
「まぁ、なんていうか、屯所に来てもらいたいんだが」
「私は行く理由など持ち合わせていない。昨日そこの二人に言った通りだ」
「それがなぁ。お前のことを聞いたうちの鬼副長がどーしてもお前を連れてこいって聞かねぇのよ」
原田の口から出た“鬼副長”という言葉に、蛍の中の炎が揺れる。
(連れてこい? ……ハッ)
「な、頼むよ。でないと俺達が土方さんに八つ当たりされちまう」
藤堂が子犬のような目でウルウルとこちらを見つめてくる。
その癖は男なら止めろと言われているはずなのに。
「とにかく頼む。俺達、島原行き禁止されちまうかもしれねぇんだ」
永倉の口から本音が出た。
十中八九、何かしでかして、連れてくれば島原解禁ってところだろう。
「知ったことではない。自業自得だ。じゃあ、先を急いでいるもので」
「待て」
斎藤の一言に無意識に足が止まっていた。
体は違えども、記憶に染みついた習慣は消えぬらしい。
昨日は火事場の何とやらに似た力が働いたのだと嫌が応にも理解させられた。
「副長命令は絶対だ。お前には来てもらう」
「会いたい方が会いに来るのが筋では? 壬生の副長ともあろう者が」
「お前……」
「斎藤、やめろって。確かにそれは道理だ。……だがよ、ちぃっと言い方が酷いんじゃねぇのか?」
刀を抜こうとした斎藤を止め、永倉がこちらを見てきた。
その目には、静かな怒りが浮かんでいた。
「…………悪かった」
彼らは知らない。
自分がどれほど憎く思っているか。
胃の底から溢れんばかりに血を吐く程激昂したいか。
だが、それを彼らだけにぶつけるのは筋違いだ。
自分がそれを一番にぶつけるべき相手は決まっている。
「分かった。行こう」
そう言った瞬間、藤堂がほっと息を吐いた。
それを記憶の中の情景と重ねるという馬鹿なことをしながら、屯所への道を歩いた。
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