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―――――――――




 蛍はお紺が敷いてくれた布団に横になっていた。


 今夜は明るい月が出ていて、灯籠の光なしでも十分部屋が明るかった。



 「……いつもここに、か」



 蛍は腕で顔の上半分を覆い、呟いてみた。


 にわかには理解できないことだった。



 死んだ者は生きている者の側には居続けることができないのに。


 よしんばできたとして、生きている者がそれを知るのは簡単にはいかない。



 「…………眠れない」



 蛍は起き上がり、服を着替えて枕元に置いておいた二振りの刀を握ると、部屋を出た。


 その二振りの刀はお紺の主人、松本藤十郎のものである。否、あった。


 これだけは貰えないとつき返したが、お紺の方も粘り強い。


 結局は押し切られるようにして受け取った。




 「満月、か」



 空には黄色というより、白に近い丸い月が浮かんでいる。


 ザッと地面の砂を蹴る音が背後で微かに立った。



 「こんな夜更けに、何をしている?」


 「…………」


 「聞こえた?」


 「何をしているのかと聞いている」



 聞き覚えのある声。


 覚えのある気配。


 蛍は振り返らなかった。



 「別に、あんたらには関係ないだろ?」


 「今は別に何もしていなくとも、これからされると困る」


 「だから別に何も……どういうつもりだ?」



 刀が二振り、蛍の首の前で交差した。


 一応認めざるを得ない。



 (……さすがだ。沖田総司に斎藤一)



 抜刀する音さえ聞かさない。


 この間のごろつき共や、自分が道場破りしてきた連中とは明らかに異なっていた。



 「へぇ。なかなか腕がたつみたいだな」



 二人の刀を一本の刀の鞘で受けとめた蛍に、沖田は感心したように言った。


 そして、蛍は逃げることを諦め、ゆっくりと振り向いた。



 「わざと殺気を出しておいてよく言う」


 「お前、過激派の志士ではないか?」


 「あんな奴らと一緒にするな。もちろんお前達ともな」



 眉を寄せて、二人を睨みつけた。


 辺りは静寂に包まれている中、三人の声だけが響いている。



 「俺達のことを知ってるのか?」


 「壬生狼みぶろだろ?」



 作られた当初、そう京都の人達から呼ばれていた。


 そして蛍は踵を返して歩を進めようとする。


 しかし、二人の刀はまだ向けられたままだった。



 「どこへ行く?」


 「別に? 普通に家に帰るだけだ」


 「あんたには屯所へ来てもらいたいんだけど」


 「ふざけるな。誰が……行くものか」



 (あそこへなど……誰が)



 たとえ金を多く積まれたって行く気など、これっぽっちも湧いてこない。



 「そういえば噂がたっていたな。ここ最近、道場破りをして尽く勝ち続けている奴がいると。お前か」


 「へぇ。やっぱりあんたには一緒に来てもらわなきゃだな」



 (……チッ。分が悪すぎる)



 二人の刀を押し返し、空いた隙間から身を翻し、相対した。



 唯一幸いなのは、生まれ変わり故に彼らといた時の自分とは違う姿であること。


 生まれ変わりがみな同じ姿とは限らない。


 だからこそ内心の苛立ちはともかく、冷静に対処できている。



 もちろん屯所に行くつもりはない。



 ならばすることは一つだ。


 こちらに来た時に花火職人に頼んで煙玉を作ってもらった。


 念のためと思って買っていたのが功を奏したというわけだ。



 ボンッ



 煙玉が爆ぜる音がして、中から白い煙が上がる。



 「ゲホッ……ゲホゴホッ」


 「煙幕かっ」



 沖田の酷く咳き込む声を聞いて少し動じてしまったが、素早くその場を立ち去った。


 待て、という言葉を二つ背後に聞きながら。



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