記憶違わぬ場所
1
「ここは……」
目を覚ました場所は見覚えのない場所、と言いたい所だが、残念ながらあった。
蛍は拳をギュッと握りしめ、溢れ出そうな叫びを堪えるために唇を噛みしめた。
「…………ふっ。アハハハッ」
壊れたように次の瞬間笑いだし、片手で顔を覆い隠した。
ひとしきり笑うと、すっと無表情になり、唇だけが微かに上がる。
「やはり神などいない」
どうやら、本当に幕末に来てしまったらしい。
タイムスリップというやつだ。
だが、小説などでお馴染みのこの設定も、蛍にしてみれば、死んでもやりたくない設定だった。
それを自らが体感してしまった。
(この後、大体流れ的に会うはず。会ってたまるか)
蛍は早々に壬生寺を出た。
記憶と寸分違わぬ光景に、思わず目眩がする。
近くにある屯所を一瞥することなく、その場を立ち去った。
幕末の世の京都の夜は様々な人で溢れ、何かと物騒だったと思い返したのは、壬生寺を出てから十数分歩いた所でだった。
「おい、お前。身ぐるみ全部剥がされたくなけりゃ、有り金全部出しな」
「は?」
路地裏の暗闇から、見るからにごろつきだと分かる男達が何人か飛び出してくる。
一方のこちらは丸腰。
もちろん、この時代の金なんて持っているはずもない。
「いいから出しやがれ!」
「持ってない。たとえ持っていたとしても、お前達にくれてやる義理もない」
「なんだと!?」
「おい! やっちまえ!!」
「おぅ!!」
「……今は機嫌がすこぶる悪い。謝れば済ませることなどできない」
男達は蛍を囲み、一斉に飛びかかってきた。
だが、蛍は表情を崩すことはなかった。
最初に襲いかかってきた男の脇腹を回し蹴り、体勢を崩したところで顔面に肘をいれ、刀を奪う。
「それでもいいなら……やってみれば?」
それから時間は必要なかった。
一切の無駄がない剣
後に残るのは、それぞれ筋を斬られて地面をのた打ち回る男達だった。
「この野郎!」
暗闇から、刀を抜き、まだ飛び出してくる男達。
だが……。
「……遅い」
「長次! ……クソッ、よくもやってくれやがったな!」
「……言っただろ? 機嫌が悪いと」
蛍は刀を一振りして血飛沫を散らせ、転がっているもう一本の刀を握った。
「ふざけんじゃねぇ!」
「通行の邪魔だ」
次の瞬間には、再び全ての敵が地面に倒れ伏している。
最後にもう一度刀を振ると、地面に大輪の血の華が咲いた。
それを大して感情を見せることなく、ただ見つめ、刀を二本とも捨てた。
「…………はぁ。肩慣らしの相手にもならん」
「ま……待て」
蛍が通りすぎようとすると、地面に伏しているまだ軽傷の男が顔を上げて呼び止めた。
振り返りはしないが、足首を掴まれているので足は止めた。
「お前、何者だ?」
「…………」
蛍はその言葉に答えることなく、手を払いのけその場を後にした。
しばらく道なりに行って、武家屋敷が立ち並ぶ区域につくと、何だか足元が危うくなってきた。
気分が悪いというわけではないのに、ふらふらとする。
この時代に来た後遺症のようなものだろうか。
「………ッつ!!」
強い痛みが頭を襲い、川沿いに生えている木の根元に腰を下ろした。
(こんな時、に……)
そしてそのまま、蛍は意識を失った。
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