第8話
眠い。なぜか、なぜかと考えると理由は幾つかあるのだが、薬の副作用、長距離歩行、スマホの見すぎで目がチカチカ、猫がのんびりしている、ストレス、等。今日は長距離歩行について書こうと思う。
午前中の家事手伝いを終え、私が向かったのは自立訓練の福祉施設。ここのところ、生活がマンネリ化し、生活のリズムが崩れつつある。特に朝と夜が辛い。起きれず、すぐに眠る。そんな怠惰な生活に刺激を与えるよう、病院の心理士に自立訓練を勧められたのだ。
見学と体験が終わり、今日の用事は誓約書を書くことだった。書いた紙を役所に提出する。それは後日自分でする。
約束の時間は三時半であった。ところが、全て歩いて行く為に余裕を持って出発したのが悪かったのか。一時間も早く着いてしまった。
一時間前に扉を叩くのは申し訳ない。非常識な私にもそれはわかった。
それにしても、あと一時間も待つのか。どこか暇を潰す所はないか。
ぱっと目に入ったのは喫茶店だ。
ダメダメ、町のオシャレな喫茶店はコーヒー一杯でも高いの。私は、貧乏。
若い頃に給料泥棒みたいなことで稼いだお金はとっくに尽きていた。A型継続という支援事業所への通所も辞め、今はわずかな貯金と障害者年金、親の援助に頼る生活である。
ところが、店の前まできて、コーヒーの写真に心の奪われた。
コーヒーに、絵が描かれている!
テレビで何度か見た光景がぱっと心に花畑を作る。なんていうのだっけ、この素敵なコーヒーは。
喫茶店はもう一件、近くにあった。よく見かけるメーカーのコーヒーを使っている。メーカーの看板を見ながら思った。こんな贅沢、今せずしていつできる?
後戻りし、扉を開いたら、私みたいながさつな人間には似合わない、スマートなインテリアの店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
「あの、入口にあるような、絵の描いてあるヤツ、どれですか」
「こちらになりますが……」
「じゃあこれを」
「お入れするので店内でお待ち下さい」
良かった、通じた。格式ばっているから、私の日本語じゃあ通じないかと思った。
店内で待てって、席に座れってことかな。
とにかく、反応が鈍いと自分でも自覚している私は、挙動不審にならないよう奥の椅子に腰かけた。
とんとん、コーヒーカップを台に落とす音がする。へええと興味津々、けれど見過ぎて失礼にならないように気をつけて。
店員がコーヒーを小さなテーブルに置いた。ハートが何重にも重なって一つの模様を作っている。写真におさめよう。でも、すぐに飲まないと、それはそれで失礼なのかもしれない。
素早く一枚撮影すると、あとは木で作られたサジでコーヒーをすくう。
あ、ハートが一部壊れた。失敗した。きっとすすって飲むのがマナーなのだ。
そんなこんなであたふたしながら落ち着こうとしているうちに約束の時間、十分前になった。
「ご馳走さまでした」
「ありがとうございました」
ちょっと緊張したけれど、たまにはオシャレな店もいいものだなあ。
自立訓練の施設にて誓約書も無事書いたし、帰りも歩こう。
なぜ歩くか。心理士に、ダイエットのプログラムを勧められ、コーヒーを控えるよう言われたからである。
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