第2話

「起きなさい、主婦がこんな時間まで寝ていいの!?」


 時計を見た。もう少しで八時である。


「はーい」


 布団の中からわざとしっかりとした返事をする。……しっかりと、そんなふうに聞こえていたらいいのだけど。


「全く、お嬢様なんだから」


 母が怒るのは今日だけではない。いつも、怒ってない時でさえ、ツンツンしている。


 少し前の言葉で言うと、ツンデレだ。


 と、怒られるのを母の性格のせいにしてしまうが、実際、主婦になったとしたらもっと早く起きなくては。


 布団から出て着替えをすます。


 彼氏に電話をしてみた。まだ寝ているらしく「只今、電話に出ることができません」と音声が流れる。


 仕方なく一階に降りて母の小言を受け流しながら支度をする。


 日曜日だというのに家族は皆起きて、テーブルに一人分の食事が置いてある。主婦となってウン十年とはいえ、母のずぼらだが手際良い家事は羨ましいし、見習わなくてはならない。


 小言を言いながら母は仕事に出かけた。


 私には『主婦の仕事』が待っていた。


 家族皆の食器を洗い、家中に掃除機をかける。あとは植物に水。猫の飲み水を取り替えるのは後でいいや。



 今日は気持ちに暗い影を残しながらも、少し興奮していた。多分、依存しているインターネットの影響だ。


 インターネットをすると気分に波ができる。


 恋人からの返信は電話だった。


「どうしたの?」


「実は小説サイトに登録しちゃったの」


 と私。


 またか、という空気を電話の向こうに感じる。


「どのサイト?」


「えーと」




 毎日のように気分が変わる私は、精神障害者の認定を受けていた。


 彼氏によると私の気持ちは半日でころころ変わるらしい。


 三日前は小説を書くと言った。一昨日はブロガーになると宣言した、昨日は小説が復活した。そして、今日はこの何と言ったらいいかわからない文章だ。


 やりたいことが次々に変わるのは、障害のせいか性格のせいかわからない。


 精神障害と性格は私にとって切っても切れない関係だ。


 発達障害のADHD は色んなことに興味が移りやすいと聞いたことがあるし、統合失調症の患者が突拍子もない新しいことを思い立つことがあるという話も聞いた。そう、あれは統合失調症の講演会だ。


 しかし、もしかしたら障害のせいではないかもしれない。


 新しいことにわくわくした健康な青春時代が、私にもあったから。今でも新しいことに心引かれる。




 「小説投稿サイトは……ま、いいんじゃない」


 彼の判断で、私はまたサイトにこの文章を書くことができる。


 新しいことをするとストレスがたまってしまうので、何事も周囲の意見を求めるようにしているのだ。


 家事手伝いを一通り終えると、スマホに向かう。


 調子に乗っている。


 ころころ気分が変わる自分は、他者の意見に影響されやすい。


 早く、今日の分の文章を書こう。


 早く投稿して、そして別のことをしよう。


 主婦見習いは忙しい、はずなのだ。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る