どうなるかわからない毎日
名前ある誰か
第1話
今日も今日とて一日が始まった。
週末、土曜日か。
働く皆さんにとっての休日も、このイベントがなければ「普通の毎日」に埋もれてしまっていただろう。
でこぼこの道を通り住宅街の少し奥まった所にある目的地へとたどり着く。
清潔感のある落ち着いた建物であるが、どこか威圧感を感じるのは扉が重いせいかもしれない。
「こんにちは」
挨拶と共に必用な物を差し出し、席に座る。暇潰しの小説を持ってきたが、今日の私は生活雑誌を読みたい気分だ。
「あ」
相手も私に気づいたようで、軽く話しかけながら廊下の奥へと導く。
「さて、今日はどうですか。調子の方は?」
「スマホ依存症なんです」
「どんなふうに?」
心理士なる人が丁寧に一言ずつ言葉を返してくれる。
精神障害を持つ私は、感情の起伏のコントロールができず、一年と少し前から心療内科のお世話になっている。勿論、この病院の主である精神科にも。
今日は何を話すべきか、それを考えるのが私の頭の体操であり、只今、人生における切迫した問題である。
「アプリをとってから気持ちが落ち込んでしまって……でも彼氏に言われてスマホを母に預けることにしました」
「いいんじゃない、ちゃんと対策ができている。問題はないね」
でも気分が落ち込んでいるんです。
心理士のあっけらかんとした対応で一時前向きになった私は「そうですかね」と言って、心の底の気持ちをスルーし、話し続けた。
「なんか、落ち込んでいるね」
恋人は車の中で横を見る。私は彼の顔を見つめるのがなぜか辛かった。
「なんか不調なの」
「そうか」
「わかる?」
彼が納得した様子。
「うん、なんとなく」
「ごめんね」
「そんな日もあるよ」
この彼氏とは付き合って三年、四年。近々彼が独り暮らしを再会するというので、私の『結果』が出る日もそう遠くない。
それはつまり、結婚できるか否か。
「家具を見に行こうか」
今日はホームセンターと家具専門店に行った。それに『新居』を遠目に見た。
「お金なくてごめんね」
彼の口癖。違うな、口癖にさせてしまっている。
「働けなくてごめんね」
これは私。考えてみたら、お金がないない言うような会話ばかりしていたのか。
贅沢にも私がマイホームを夢見るせいだ。温室育ちめ。反省しろ、自分。
精神不安定な私は、すぐに同居することが難しい。家事修行をすると言って、実家の掃除の一部と夕食を作っているがまだまだだ。
今晩もお金がないという話題の後に、百円寿司を食べてしまった。
矛盾した週末生活を送ってきた。
「またね」
「気をつけて」
家の前まで彼氏に送ってもらい、テレビで映画を見た。
その後電話をし、ちょっと、はて、と考えてスマホを見ていたら眠くなってきた。
目覚めれば二時過ぎ。
スマホがかたわらにあった。
精神障害者、今日も今日とてインターネットを開く。スマホ依存というより、私はインターネット依存なのだ。
だから明日はどうなっているかわからない。来週も、その先も。
平穏な暮らしを、望んでは、いる。
それは確かだ、と。
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