Ⅰ-2 To magnify where you love.
宿題を終え予習に見切りをつけ、二十三時過ぎ。
中学の頃は親のお下がりの携帯(なかなかの旧世代機)と、家族共用のパソコン(だいたい姉が使ってる)でしかネットを使えなかったのだが。高校進学祝いに買ってもらったスマホは、正直、非常にクセになりつつある。
情報の入ってくる速度と範囲が、格段に違う。昔遊んでいたRPGについて、考察にスタッフインタビューに二次創作にと読みふけっていたら一時近くになっていて流石にマズいと思ったこともあった。中毒だ依存だと騒がれているが、下手をすると他人事にならなくなりそうだ。
なのであんまり多くのアプリとかは入れないようにしているのだが、気になるものを追いかけるという点では重宝している。
調べているのは、
昨年放映されたあるアニメにおいて、彼らは主題歌や挿入歌を全て担当するという、密接なコラボを展開した。希和は原作から好きだったため、アニメも熱心に追いかけていたのだが……観ていくごとに、レゲボに心を掴まれていき。
そして今は、彼らの新アルバムについてのインタビューを読みふけっているのだが……これは、めっちゃ面白い。
以前からシングルを発表するたびに、彼らはかなり密度の濃いインタビューを受けていた。タイアップする作品の世界観に同化する曲を作りつつも、自分たちからのメッセージや音楽性も織り込んでいき。楽器や機材の選択も、調整を重ね。声のハーモニーやラップにも、工夫と遊びを凝らすなど。
なんとなく聴いているだけでは気づかないような仕掛けや舞台裏が明かされており。それを意識しながら改めて聴くと。聴こえなかった音が聴こえ、見えてなかった表情が胸に浮かぶようになったのだ。
もともと小説のあとがきだったり、映画のメイキングだったりを見るのは好きだったが。インタビューでここまでコンテンツが面白くなるとは、最近知った。
そして、新しいアルバムについては。これまでの曲や新曲を通して、一つの物語にもなるような作品になった、と語っており。また公開された試聴用トレーラーからも、名曲揃いという予感がし、興味と興奮が抑えられそうになく……
買っちゃおうか。
いくらか使ったものの、貯めこんでいたお年玉プラスα。ここらで音楽に回してみても良いかもしれない。というか、レゲボにちゃんと利益を回したい。
という経緯で、週末。学校帰りにCD店に立ち寄り、アルバムを購入しての帰り道。
こうやって買うくらいに好きになったのは、記事だったりメンバーのブログだったり……要は、文章の作用が大きかった。もっとも、音楽だけでも時間をかけて好きになっていいったかもしれないが。こんなに急に心を掴まれるようになったのは、音楽と言葉の二重の作用があったからだろう。
僕も、そんな言葉が書けるのだろうか。
誰かの心を掴んで、行動に導いていくような。
中学で三年間、校内新聞だったり文集だったりで、取材し記事を書いてきたのだが。
部内でもどこか浮いていたり、取材相手に戸惑われたりしたのはさておき。担当した記事は好評であることが多かった。読みやすく、またときには遊びもあり。教師陣に褒められたこともあったし、部でアドバイスを求められることもあった。
けど、それだけだった。
記事のおかげで何かが変わったとか、誰かが動いたとか、そういう話は聞いたことがなかったし、クラスで話題にされたこともあまり無かった。
たかが学生の発信する文章だ、力だとか求めるのは筋違いかもしれない。
けど、人の発信する文章に、言葉に幾度となく影響されてきた希和にとっては、ひっそりと、しかし確かに持っている望みでもあった。
……今度は、目指してみようか。
雪坂高校での編集活動の実際はあまり分かっていないが、それでも高校の活動である。少なくとも中学の頃よりは、幅の広い制作が出来る、だろう。
帰宅し、前回の委員会で連絡された記事テーマを見返す。
新入生、教師陣、昨年度卒業生へのインタビュー。運動部の大会の成果。文化祭の予告。論評欄。本とかのオススメコーナー。五月までにある校内行事について。そして新企画らしい、一面まるまる使っての部活動特集、なお題材は未定。
いま一番、伝えたいものは。広めたいものは……すぐに浮かんだ。
新入りでもあることだし、先輩のアシストにつくか、それかどこか小さめの記事を担当しようと思っていたのだが。もし部活動特集が不人気なようだったら、そこに名乗り出て。そして合唱部を取り上げてみる、という。
ふいに浮かんだアイデアではあるが、こうやって「やりたい」から自分の仕事を考えはじめるのは相当に久しぶりだった。それに、高校に入ってからどこかで抱えていた靄のような違和感が、急に晴れていくような気分がしていた。上手くいけば、合唱部の追い風になれるかもしれないし……詩葉たちと、また新しく関われる。
響くような記事になりそうもなければ、最低限迷惑にならないように着地させればいいし、自分で頭下げて助けてもらえばいい。そもそも、力不足だと判断されれば引き下がるつもりだ。
とはいえ、向こうが望んでるかどうかは確かめておきたかった……個人的に連絡が取れるのは、詩葉と
メールを開き、宛先をCCにして送信する。
〉武澤さん、柊さん
お疲れ、ちょっと質問なんだけど。校内新聞で合唱部を取り上げようかって話があって。合唱部として、そういう取材とか広報って歓迎かな?
まだ決定じゃないから、部員である二人のイメージを聞かせてほしい。
あと「決定じゃない」からね、委員会で話が出てるってことはまだ伏せといて。
まだ部活中だと思ったが。二十分ほどして、結樹から返信があった。
〉いまカマかける、待ってて
……武澤さん、さすが。
こういう思い切りの良さと、それを実行できる行動力が彼女にはある。
詩葉はポーカーフェイスが苦手そうなので、「お前は何もするなよ」みたいな念押しをされているんだろうなと思いつつ、アルバムを聴いて待っていると。
〉さっきの件
先輩方としては、広報になるような手段は欲しいそうだ
他校だと部活がSNSとか運営してる例もあるけど、雪坂だと許可下りないし
それに部員が少ない(いまは11人、これでも例年よりは多い)から、宣伝力は微妙らしいし。報道編集がどんな記事作ろうとしてるかは分からないけど、おそらく歓迎されるんじゃ
あと、顧問の
……思ったよりもしっかり返ってきた。
結樹の性格もあるだろうが、それだけ部について真剣に考えているということだろう。
と、さらに詩葉から。
〉やってほしい!
先輩たちみんな素敵だし、外からじゃわかんない色んなこと考えてて。
そういうの知ったら歌も聴きたくなるし、まず私がみんなに知ってほしいもん!
……外からじゃ分からない、か。
希和が読んできた記事もそうだった。何を考えているか、どんな道を辿ってきたか。それが分かって、もっと好きになる。
どちらにせよ、合唱部サイドとしては、どちらかといえば歓迎ムードだと認識して良さそうだろう。
ならば。
〉了解、ありがとう。
企画が進むように動いてみます。君たちの好きな場所が広まるように。
そう送信した瞬間、詩葉から受信。
〉結樹かっこいいでしょ!!
週が明け月曜日の放課後、希和は視聴覚室に来ていた。
この部屋は情報の授業に使われるほか、放課後は生徒が使用できる。ビデオ教材が用意されている他、雪坂高校に関わるAV資料……行事の録画や、文化部公演の録画録音など、が閲覧できる。
文化部資料の中から、昨年のコンクールの録音のCDを見つけ、PCの前に座る。
平成二十三年度のコンクールの県大会。雪坂合唱部は、銅賞……要は、最もランクの低い賞だったらしいが。
ヘッドホンを確かめ、録音を再生する。
女声の高音が美しいな、とまず思った。
全体の響き方というか、声の色がクラス合唱とは明らかに違って……それは当たり前なのかもしれないが。
しかし流通しているCDで聴くような、お手本のような演奏と比べると。ひとりひとりの声がはっきりと聞こえるように感じた。特に男声……その分、響きがあって良いなとは感じるのだが。男子が少ないとは聞いていたが、だからだろうか。
強弱、抑揚、息遣、それら歌の表情も豊かだった。
所々粗いというか、違和感を覚えるような音があって、お手本のレベルからは遠いんだろうな、とは思ったが。
聴いていて、心地良かった。その一瞬に、歌に込めた想いが。そこまでに積み重ねてきたものが、分かるような気がした。
この続きが、今年も奏でられるのなら。それは聴いてほしい、知ってほしい。
そこに詩葉が居るのなら、なおさらだった。
そして、翌日の放課後。報道編集委員の、第二回ミーティング。
「揃ったようなので、記事の担当を決めていきます。まず立候補を一通り取って、ぶつかったり余ったりしたら調整するので、各々遠慮なく!」
そう指示する
若い女性の先生なのだが、スポーティな雰囲気とサバサバした言動で人気は高い、らしい。
一面から希望が取られていく。希望の出てない記事もあるので、場合によってはそこに行こうと考えつつ様子を見る。
「じゃあ次、新企画の部活特集!」
……と、誰も手を挙げず。
――さあ、出るか退くか。
ここで出て、もし上手く行かなかったら……その時に委員会や合唱部に迷惑が掛かったら。そんな不安もあった。あった、けど。
いざとなったら、自分が駆けずり回って頭下げて。中学の頃だって、そうやって駆け抜けてきた。
「あれ、いないの?」
ちょっと焦ったように見回す九瀬先生。
――なら、伸るか反るか。
希和は手を挙げて発言する。
「自分でも良いですか」
「ほう、飯田……あんまり簡単じゃないんだよな、新しい企画だし。いや私が提案したんだけどさ」
「力不足なら、もちろん他の方でも構わないのですが」
「ふーん。やる気あるなら歓迎なんだけど。どう思う上級生」
九瀬先生の問いかけに対し、
「良いと思いますよ。前例のない分、寧ろ新しい感覚を持ち込んで欲しい所でもありますし」
委員長である
「なるほど、確かにね。ちなみに飯田はヴィジョン持ってるの?」
「もし任せて頂けるのであれば、合唱部を取り上げたいなと考えてます」
九瀬先生の質問に希和が答えると。
「合唱か、また随分とマイナーな所に目をつけるな」
そうコメントしたのは、三年の……名前が出てこない先輩。
しかしここでも、合唱部はそういった認識らしい。
「あまり知られてないからこそ、取り上げる意味があるかと思うのですが」
微妙に空気の痛さを感じつつ、そう返すと。
バンと机を叩く音がして、身体がビクッとなり……見ると、葉村先輩が立ち上がっていた。
「いい!」
「えっと、委員長?」
「その視点いいよ、飯田くん! ですよね先生!」
「うん、確かに。任せて良さそうだね」
「けど、さすがに一人だとキツイから……
「はい?」
葉村先輩が声をかけたのは、二年の先輩だった。
「今回は記事の希望あるかな?」
「いや、特にないですけど」
「だよね。なら、飯田くんのアシストやってもらって良い?それに色々教える機会にもなるし」
「俺は構わないですけど……飯田くんは良いんですか?」
そう、気だるげに訊いてくる―って、僕に訊かれても。
やる気は薄そうだが、あまり苦手な印象はない(観察期間:数分)し、そもそも反対しようがないというか。
「分からないことばかりですし、教えて下さるなら是非お願いしたいです」
「……了解です、宜しくお願いします」
こうして、合唱部特集が始動した。
……それは、合唱部と希和の出会いでもあり。
希和の失敗の始まりでもあった。
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