第3話 過去と現在の相対者
リュミエールの声が聞こえて、俺が後ろを振り向きそうになる。
だが、できない。
ここで後ろを向いてしまうと致命的だ。
最大の障害は目の前にいるのだ。
白い短髪に南国を思わせる浅黒い肌、その
俺のこめかみに汗が流れていく。
「エクレールお兄ちゃん。どうして私のほうに向いてくれないの?」
耳元で風音のように彼女が
まだ抱き付ている。体が鉛のように重い。自分の息がとても近くで感じられた。
俺は日本刀を構えたまま、それでもジリジリと後退する。
路地の向こうにいるリュベルリ・モロが俺に向かって呆れたような顔になった。
「おいおい。今から処刑を行うんだ。女の子といちゃつくな。女の子に被害がいくだろうが。死ななければならないのは、教則を破ったお前さんだけだ。すぐにその子から離れて、
「今日は副官はいないのか?」
声は震えているが、
リュベルリが不審げな顔をした。
だが俺を無視して、周りの『救世兵』に指示をした。
「今すぐ、病院に連絡しろ! 女の子の
周りの『救世兵』達が声をそろえて返事をする。
ようやくリュベルリが俺に問うた。
「お前さん、どこかで会った事があるか?」
「さぁな。それより人の心配をする暇があるなら、自分の心配をしたらどうだ?」
「ふむ? 治療費の問題か? 大丈夫だ。『救世兵』付属の病院はな、『救世兵』に関わる者が使うには安い――」
自分がケガをするという事は微塵も考えていないらしい。
「――それよりお前さん、本当にどこかで会ったか?」
「自分で考えろ」
リュベルリが不思議そうな顔をして、俺を見た。目を細めて、俺をジッと見ている。
リュベルリは多分覚えていないのだろう。
三年前だ。三年前に俺はリュベルリに殺されかけている。
「お前さんとどこかで会った事があるのなら、すまんな。全く覚えていない。その非礼は詫びよう。だが、その事実で時間稼ぎをしようというのは、いただけん――」
リュベルリが左手を前に突き出した。
「――男なら、真っ向から勝負しろ!」
奴の左手に
だが十中八九、銃ではない。
奴が具現化させたのは、おそらく三年前と同じ、レーザーレンジファインダ。赤外線を目標物に照射し、その反射度合で目標物までの距離を一瞬で測定する光学機器だ。
旧地球時代の物体を具現化する新式具術そのものだった。
俺はレーザーレンジファインダが具現化された瞬間に、ジリジリと後退するのをやめた。
反転して急加速する。
今は逃げるしかない。普通にしているだけでは殺されるだろう。
肩にカガミが抱き付いていたが、必死に走って、路地を曲がるしかないのだ。奴の直線上にいたら、俺は間違いなく一撃で死ぬだろう。
「エクレールお兄ちゃん。逃げるの? そっか――」
リュミエールが俺の背中にしがみついたまま、声を掛けてくる。
「――そうだよね。お兄ちゃんなら逃げるよね。エクレールお兄ちゃんは逃げるのだけが大の得意だから」
クソッ。
黙れッ。
俺がそんな人間である事はもう分かっている。
俺は右肩に回してあったカガミの手を引きはがす為に掴む。すると抱き付いていた力が一気に弱まった。まるで人格が変わったように。腕の力がするりと抜けたのだ。
「あれ? ウチ、何してたんやろ?」
「いいから手を離せ!」
俺が叫ぶ。
カガミは俺の耳元で、は、へ!? と戸惑っていたが、俺は強引に体を揺さぶって、カガミを振り落とそうとする。しかしカガミの腕は逆に力んだ。必死にしがみつく。
「手を離さないと死ぬぞ!」
このままではマズイ。
俺もろともカガミも死ぬ。
俺が首を回して、後方をチラリと確認する。
一気にヒヤッとした。
リュベルリの姿が消えていた。
マズイッ!
来る‼
俺は
裏路地の右手側に勢いよく飛び込んだ為、カガミの手がようやくほどけた。バラバラになる。
俺は体勢を立て直して、直ぐに顔を上げる。
俺が先ほどまでいた場所にリュベルリの巨体が超高速で通り過ぎた。ソニックブームのような風が俺とカガミの髪の毛を逆立てさせる。
一瞬だけ俺の目に映った奴は右肩を前に出していた。あのスピードで激突すると即死だっただろう。
俺が避けられたのは、リュベルリの挙動を以前に知っていたからに過ぎない。あるいは偶然後ろを振り返れたからだ。
未だに心臓がバクバクと音を立てている。要するに運が良かっただけだと分かっているのだ。
ただ運でどうにかなったのは一撃目までだ。
二撃目からはそうはいかない。
突撃してきた奴は、俺のいた場所を抜けたと思いきや、そこで急速に制動をかける。制動の勢いを利用して左回りでリュベルリが振り返った。左手のレーザーレンジファインダを突き出したと思った次の瞬間、奴は俺の視界から消えていた。
ハッと息を飲んだ。
リュベルリが俺の目の前に立っていた。
奴は既に大剣を振りかぶっている。右手のみだというのに何という腕力だ。ハッキリ言って化け物だった。
「女の子を盾にとるとは
リュベルリが上段に構えた大剣を
俺の頭が赤熱する。動け。動け。何度も自分に念じた。
俺が中腰になる。
そして反応できたのは、左手だけだった。
俺の左にいるカガミ。俺は彼女の右肩を思い切り押す。軽い。だけどカガミは僅かに左へ体を傾けられ、俺は右側に体を傾けられた。
リュベルリの一撃は俺の脳天への軌道を描いていない。
奴の大剣は俺の左腕に直撃した。
ゴンッ、と俺の左肩が抜ける。強い力で腰が地面へと引っ張られた。
リュベルリの大剣は俺の左手を斬るのではなく、まるで
俺の左腕の肘から先はなくなっていた。
「え? エクさん。手が……」
カガミが驚いたような顔で、俺を見ている。恐怖を通り越して困惑していた。
熱い。高熱を持っているかのようだ。俺は痛みで叫んだだろうか。それすら分からない。押しつぶされたような切り口から、熱が
それでも手くらいなら何度か切られた事がある。脳内が熱に満たされていても正常な判断力は有せている。
俺は歯を食いしばって、
「逃げろ!」
と喉の奥からカガミに叫んだ。
彼女が俺に巻き込まれる事はない。カガミも当事者だが、狙われているのは俺一人だけなのだ。
左に体を傾かせていたカガミは両手を地面につけ、頭を下げていた。怖いのだろうか。パニックになっているのだろうか。大剣のせいで表情が見えない。
だが俺の叫び声が聞こえたのだろう。
カガミの顔が上げられた。
目が俺を射抜いた。
俺が動けなくる。
嗤っている。カガミの顔は狂気に歪んでいた。
あれはカガミではない。
リュミエールだ。
「エクレールお兄ちゃん。お兄ちゃんはやっぱり中途半端な人間だね」
ゾッとする言葉が耳に聞こえてくる。表情も声も、俺の肉体と精神を殺す為の言葉だ。
金属の音が鳴った。
リュミエールに気を取られている場合ではない。
リュベルリの大剣が引き上げられた。
次の一撃がくる。
俺は右手に持っていた日本刀でリュベルリの鎧の間を狙った。横に
しかし俺に日本刀は何故か、空を切った。
そしてまた突風が俺の髪をかき上げる。
リュベルリの体が俺から既に十メートルほど離れてたところにあった。
これだ。
これがこの突撃公の瞬間移動だ。
もちろん実際に瞬間移動をしている訳ではない。確実にレーザーレンジファインダで照射した目標物に向かって突撃してきている。だが、挙動がまるで見えない。結果が分かっていても原因が不明なのだ。
多分、超越式具術なのだろう。
個人で組み上げた特定の物を具現化する為に、何らかの理論を持った具術。それが超越式具術だ。レーザーレンジファインダは理論が既に組み上げられている為、新式具術だ。しかし超越式具術は個人で理論を組み上げている為、背景が全くわからない。その個人特有のものなのだ。
俺はとにかく立ち上がった。左手が焼けたように痛む。血が必要以上にダラダラと流れている。だが今はそんな事を気にしている場合じゃない。
俺は右手に持っている日本刀をリュベルリに向かって投げた。約一キロもする日本刀なんてもういらない。邪魔になるだけだ。
「真っ向から勝負せんか! それでも男か!」
リュベルリの激を俺は無視。
同時に俺の右手側、つまり南の方向へ俺は
まずは何度も路地を折り曲がるべきだ。赤外線照射から逃げなければならない。
カガミに危害はくわえられないだろう。リュベルリ他、『救世兵』は彼女に手を出すつもりなんてないハズだ。俺はとにかく一人で逃げるべきだ。
俺はとにかく路地を走って直面したサンキタ通りを右に曲がった。そこらにいる人から悲鳴が聞こえる。俺の左手を目にしたのだろう。うるさい。
俺はいくつもファーストフード店を通り越して西に進んだ。
リュベルリはまだあの路地にいるハズだ。なら奴がサンキタ通りに出る前にもう一度北に上がりたい。二度曲がってしまえば、あの突撃公ですら赤外線レーダーを照射できないハズだ。それにレーザー自体の照射範囲からも出たい。
十分に絞り込んだ強力なレーザーでおおよそ三八万キロほど照射できる。古典的なルビーレーザーなら二キロから三キロ程だろうか。
西に走って、北に上がった。リュベルリからすれば一筋違いの路地だ。
俺はさらに西に曲がるべく路地を駆けた。
早く。
早く。
通行人が何人かいるが、俺は必死に避ける。せめて三キロは離れたい。
同時に、リュミエールの放った一言が俺の耳で残響していた。
お兄ちゃんはやっぱり中途半端な人間だね。
その言葉が、彼女が俺に最後に伝えたかった言葉なのだろうか。
確かに俺は半端者だった。その言葉は俺にピッタリだろう。でも、お金がなかった。病気を治す為の治療費がどうにもならなかったのだ。
だからあんな事になった。
俺が中途半端な人間でなければ、起きなかった事なのかもしれない。
全部、俺のせいなのだ。
動悸が乱れる。
胸がギュッと締まった。
にも関わらず、俺の胸中には空洞しかない。
どうあっても埋められない穴がポカリと空いている。
俺の責任なのだ。
突然大きな音が耳に届いた。何か大きな物が落下した音だ。
俺の後方。つまり南側から聞こえてきた。
俺は
それを発見した。
先ほどまではサンキタ通りにそんな物はなかった。俺がいる路地とサンキタ通りが交わっているところに明らかに具術で具現化した物体は存在しなかったのだ。
具現化されたのは、鏡だ。
俺がその鏡を視界に入れる。
ハッと、その意図に気が付いた。
赤外線の反射。つまり鏡で反射させ俺を目視できるところから、リュベルリは赤外線を照射しているのだろう。
…………。
今、俺は奴の射程圏内にいるのだ。
マズイなんてもんじゃない。
心臓が何度も俺の胸を叩く。早くなっていく。
どこからくる? どこから?
俺は振り向いた後方から目を離せなくなった。
すると俺の右側。東側から
何だ、この音……?
俺が右を向いた瞬間。
右の壁が崩れた。
いや崩れたのではない。ブチ破られたのだ。
壁の向こうからリュベルリが猛進してくる。
当たる。
直撃する。
リュベルリの右肩が俺のみぞおちに激突する。インパクトの瞬間は骨が砕ける音がしたのかもしれない。
俺は吹き飛ばされた。後方の壁にグチャりと俺の背が当たる。息がしづらい。視界も何だか不十分だ。否応なく、今、自分が危険な状態である事を意識させられた。
だけどそんな事が、どうでもよくなるくらい、俺の視界は別の物に捕らわれていた。
路地を突き破ってきたリュベルリの向こうにいる、カガミだ。
いや、正確にはリュミエールだろう。
彼女はクスリと笑いながら、俺にこう言ったのだ。
「ね、戦闘中に考え事をするからだよ、半端者のお兄ちゃん」
俺はその言葉が耳に残って離れない。
半端者。
それは昔、俺がまだ『救世兵』だった時に言った言葉だった。
◇ ◇
俺は半端者だった。
一六歳の頃から俺は学生で『救世兵』だった。しかし信仰心があった訳ではない。『救世兵』であれば、治療費を割引してくれる病院があったから、わざわざラテラテラ教のテンプルナイトになったのだ。そこでなければ治療費を払うのは不可能だった。
つまり俺は根っからの『救世兵』ではなかったのだ。
全てはリュミエール為だった。
だが俺はリュミエールに、もっと長く生きれるぞ、とか。頑張れば外に遊びに行けるぞ、とか。そんなキレイな言葉ばかりを掛けていた。
もちろん何一つ実現されなかった。
そんな中途半端な態度ばかりを取っていた。
俺は『救世兵』の中でリュベルリ隊に所属していた。給料は割といい方だった。
リュベルリ隊はリュベルリ隊指揮下と副官指揮下に分かれていて、主たる県外遠征はリュベルリ率いる隊。
しかし俺はリュベルリ隊でありながら、どちらの仕事もこなしていなかった。
俺はリュベルリの副官の右腕として存在していたのだ。
役目は人殺し。リュベルリの邪魔になる人間をひっそりと殺すという役割で、そこそこの人を殺してきた。だから給料もそこそこ良かったのだ
一六歳から二一歳の間だから約五年だ。
その間、何人の人を殺したのかはもう忘れた。
俺は『救世兵』でありながら、信仰心を持たず、リュベルリ隊でありながら兵士ではなかった。
そんな中途半端な人間だった。
だが俺の半端者加減はこんなものじゃなかった。
俺のとった行動はもっと最悪に中途半端だったのだ。
◇ ◇
記憶が飛んでいた。
いや、一瞬だけ落ちていたのかもしれない。
状況は何一つ変わっていない。壁に打ち付けられた俺と、左肩を前にしているリュベルリ。ぶち抜いてきた壁の向こうにはカガミがいた。
俺が血をゴフりと吐き出す。よく生きてるなと思える程度には口から流れた。
よくよく考えれば、リュベルリは壁を二枚以上ぶち破ってきているので、威力が落ちているのだ。
即死でなくて良かった。
だが次は確実に死ぬだろう。
早く。早く動かなければ。
「お前さん、なかなかにしぶといな」
リュベルリが俺の目の前まで歩いてくる。大剣を担いで、不思議そうな顔をした。
俺が足を動かそうとする。しかし動かない。
「まだ動こうとする生命力には感心するが、もう無理だろうよ。諦めろ。それとも何か? ここから逆転する手立てがあるのか?」
「……ある……訳、ない……だろ……」
「だろうな。しかしお前さんやはりあれだな。こうして見るとどこかで見た事あるな。うん? お前さん、もしかしてあれか? 人を殺してた奴か?」
「……血……みどろ、の、姿で……思い、出したか……?」
「ああ、思い出したな。勝手に俺の為と抜かし、色々暗殺してた奴だろ、お前さん」
お前の副官に指示だよ、とは言わない。それを選んだ俺にも責任があるのだから。
「確か、最後は医者を殺していたな。脱税した医者だとか、どうとか。どこが俺の為なのか全くわからなかったが――」
俺はあの時、ヘマをやった。ヘマというべきなのだろうか。悩んだと言ったほうが適切かもしれない。ターゲットだった医者がリュミエールの主治医だったのだ。そりゃ集中力も欠くだろう。
そして人を殺した瞬間を見られた。
一応、殺人は教則違反ではない為、処刑はされなかった。だが倫理的に見て、人を殺すような人間を『救世兵』の内部には置いておけない。
それが『救世兵』上層部の判断だった。
俺は『救世兵』からはじき出された事で、リュミエールの治療費が払えなくなった。さらに妹は『救世兵』付属の病院を追い出されたのだ。
結果、俺の悪評により妹はどこの病院も受け入れてもらえなかった。
唯一、受け入れてくれた病院にリュミエールが連れてこられた時にはもう手遅れだったのだ。
俺の半端な判断によりリュミエールは死んだ。
俺がもう少しちゃんとした人間だったなら、リュミエールは死なずに済んだ。
「――まさか、まだこんな事をやっているとは思わなかった。被害者に対して何も思わないのかお前さんは? 何もしなければ、あの女の子は四八時間以内に死ぬんだぞ。お前さんを半殺しにして、『救世兵』から追い出しただけでは足りなかったらしいな――」
俺の腹にリュベルリの大剣が刺さる。
俺は絶叫という言葉が相応しい程には、声を上げた。
「――次はちゃんと殺してやる。お前さんは社会の
俺は確かに死んだほうがいいのかもしれない。
リュベルリがさらに深く大剣を押し込んできた。
痛みより何より、力が抜けていく。先ほどまで熱かった身体が異様なくらいに冷めていった。
これは、死ぬ。
そう確信した。
その瞬間だった。
リュベルリの横から一人の女の子が飛び込んできた。
ゆっくり優しく告げるように彼女が、リュベルリに言った。
「ねぇ、オジサン。オジサンを殺してもいい?」
リュミエールだった。
◇ ◇
何が起こっている?
唐突にリュミエールの頭の横にロングソードが具現化された。
彼女がそれをリュベルリに向かって射出する。
リュベルリはその瞬間マズイと判断したのだろう。咄嗟に大剣から手を離して、後方へ飛んだ。俺から大剣を抜く暇すらなかったのだ。
俺は何が起こっているのか全く分からなかった。
リュミエールが俺を助ける理由が分からない。
さらにリュミエールの具術が飛び交う。
ロングソードや手斧、槍が彼女の顔の横に具現化された。それがリュベルリに向かって射出されていくのだ。
だがリュミエールは具術を殆ど使えなかったハズだ。
それにカガミは先ほど教会で具術を消していたのではなかったか?
それともこれが穢れた霊体の力という事だろうか。
「お嬢ちゃん、何者だ!」
「ねぇ、オジサン、お兄ちゃんをそんな簡単に殺しちゃダメだよ。もっと苦しませなきゃ」
リュベルリは移動を繰り返しながら、叫んでいる。武器を手放してしまった為、瞬間移動も突撃できない。一定の距離を保ちながら対峙していた。
リュベルリが避ける。
一瞬で状況が変化していく為、思考がままならない俺には何も分からなかった。
だが不利なのは、確実にリュベルリだ。
奴は武器を手放した。このままだとジリ貧だろう。
時間の問題だと思っていたところで、突如、空を埋め尽くすような大量の武器が具現化された。
圧巻の数だった。
人間が武器なしで具現化できる域を超えている。
リュミエールがニヤリと笑った。
これは何なんだ?
リュベルリすら足を止めていた。
「まさか、お嬢ちゃんは、ラテラテラの予言にあった……」
言葉の続きすらすら出させない、とばかりにリュベルリにその大量武器が射出された。
まるで爆発のようだ。連打を浴びせるように、延々と武器が射出され続けた。
砂埃のようなものが舞う。
視界がなかなか晴れない。
やっと視界を確保できたと思った頃には、いつの間にか、奴はいなくなっていた。
死体がないのなら、リュベルリは多分、撤退したのだ。
だが安心はできなかった。
リュミエールが俺の側にいる。
彼女が俺を見て
「ねぇ、エクレールお兄ちゃん。実は初めの質問に答えてもらってないんだけど、私を殺すの?」
俺はもう反応できない。
意識がなくなりそうだった。
すると、リュミエールが俺に腹に刺さった大剣をぐりぐりとコネ始めた。腹の穴の中を大剣がほじくり返す。
俺の意識が一瞬で復活する。
まるで電流が走っているかのようだった。
「ねぇ、答えてよ」
「…………」
「答えられないの?」
殺す気はある。だけど……。
俺がそう答えようとすると、リュミエールが遮るように言った。
「無理だよ、お兄ちゃんには」
そんな事はない。俺はお前を殺す事を最優先にしている。
だが俺の答えを予期していたかのように、彼女は俺に耳元で
「じゃあ、何で、この子の意識がある状態の時に、私を殺さなかったの? だって普通に考えればそっちのほうが効率がいいよね?」
俺は固まった。
その可能性は分かっていたし、簡単にできた。でもこれ以上人殺しをしたくなかった。ただそれだけなのだ。
「でもね。そんなのできないよね。わかるよ、お兄ちゃんはいつだって何者にもなれない中途半端な人だから。だって今までもそうだったでしょ? 私を助けられなかったのも同じだよね」
違う。その時とは違う。俺は必死に助けようとした。医者を殺すのに躊躇っただけだ。必死に頑張ったのだ。
「お兄ちゃんはいつだって自己満足の人だから。私を助けようと、『救世兵』になった。だけど結局何も変わらなかった。私は死んだ。で、次は殺そうとしている。でもチャンスがあったのに棒に振った」
…………。
………………。
……………………。
「これって自己満足って言わずになんて言うの? 教えてよ、エクレールお兄ちゃん」
俺は言葉が出なかった。自己満足と言われればそれまでなのだ。
違うと否定したいのに、事実がそうさせてくれない。
意識が遠のいていく。
もう無理だ。
一種の救いのような物を感じながら、俺は死を願った。
だがリュミエールの言葉が俺を安心すらさせなかった。
「大丈夫だよ。ちゃんと治療するかね。全部元通りにしてあげる。左手もお腹の穴も全部。だから――」
俺が
「――ちゃんと苦しんでね、エクレールお兄ちゃん」
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