第二話:雛輪飛行①
目覚ましの音に起こされ、ゆっくりと目を開ける。久しぶりにこの町に初めて来たときの夢を見た。怖い夜の事件から朝霧神社に住むようになるまでの一連の流れは今になっても鮮明に思い起こされる。
僕は朝日が少しこぼれるカーテンを開き、ううん、とうなりながら一回大きな背伸びをしてようやく部屋を出た。大きなあくびを右手で押さえながら階段を降りると台所から毎度の通りに音がする。
「おはよ~まゆら」
「あ、いずも、おはよ。朝ご飯ちょうどできたよ。座ってて」
「んー」
「はい、どうぞ」
まゆらが朝ご飯を机に手際よく並べていく。食パンにハムエッグ、ミニトマト、あと牛乳といった猛威までは定番の朝ご飯メニューである。二人同時に手を合わせる。
「「いただきます」」
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「「ごちそうさま」」
そしてまたこれも二人同時に食べ終わる。恐ろしいぐらいにタイミングが合うことが多い。
「にしても今日がいずもの中学入学式か。なんだか感慨深いねぇ、三年前はまだかわいげあったのに」
「なんだよ息子の成長に感激する母親かあなたは」
「そうみたいなもんでしょ」
「ふーんだ」
と、たわいもない話をしながら自分の食器をまとめる。普通のことかもしれないがこんな日常がとても好きだ。当然声に出してはいえないのだが。食器を台所まで運び、僕は学校の支度をしに再び部屋へ上がった。
この幽凪町に来て早三年がたった。相変わらず以前の記憶は戻らないままだが、とりあえずは不自由なく過ごしている。そして今日から中学一年生、まゆらは大学一年生になる。最初のうちはぎくしゃくしていた二人だが今ではもうすっかりと打ち解けて実の姉弟のように過ごしている、と僕は思っている。
そんなことを思いながら僕はランドセルではなく新調した紺色のリュックを背負い、鏡を見ながら私服ではなく学校指定のブレザーの襟を整える。今日から小学生ではなく中学生なのだ、という実感がわいた。鏡の中の自分とアイコンタクトをとってよしっ、と一言つぶやき部屋を飛び出した。
これまた新調した靴を履き、玄関の扉をがらっと開くと青空の下でちゅんちゅんと雀が鳴き、満開の桜が咲いていた。これ以上にない心地よい朝の景色だ。
「じゃあいってくるよ!」
家の中を振り返り大声で叫んだ。
「はーい、入学式は後で行くからねー」
台所の方からまゆらの声がした。
「はーい」
と返事をして、それではいざ登校、と思って前を向くと
「うわぁっと、驚かさないでくださいよ霧桜様、って何じろじろ見てるんですか」
「いや、なんというか・・・滑稽じゃなって」
そう言って笑いをこらえて頬を膨らませながらこっちを見てくる。
「な、これでも僕はいい感じだと思ってるんですよ」
「うむ、良い感じブフォ、だと思っているぞ」
「笑ってるから説得力ないです」
「いやいや、似合っているぞ。本当に。いずも、イ、イケメンだ」
突然、霧桜様は真顔でそう言ってきた。真顔なのだが霧桜様の口はしっかりと震えていた。
「もうからかわないでくださいよ、行ってきます!」
少し怒った感じでしう言い捨てて僕は霧桜様の横を通り過ぎていった。
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「霧桜様」
いずもが地平線の向こうに見えなくなった頃、まゆらが霧桜の近くまでやってきた。
「なんじゃまゆら」
「今だから・・・正直に言いますね」
真顔で二人はだんだんと小さくなっていくいずもを見つめる。
「・・・うむ」
「ふっ、なんていうか、私があの姿に慣れていないからだと思いますけど、すっ、すっごく違和感あります」
「そうであろう?少し服が大きいからかの。なんとも面白い。くっくっく」
二人は腹を抱えながら必死に笑いをこらえていた。
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「くっしゅん!あー、花粉症かな」
そんな会話があったことはつゆ知らず、僕は階段を駆け下りていった。いったん振り返り入り口の鳥居に向かって一度礼をしてから、自転車置き場の三年前からの愛車である軽くて丈夫な真っ黒の自転車、『いずもくん一号(まゆら命名)』に乗り幽凪町の中心部にある『夕凪学園』に向かって進み出した。
幽凪町には学校は一つしかない。『夕凪学園』という一つの学園の敷地内に小学校から大学までが詰め込まれている。だから敷地面積はとっても広い。そして僕は今日から中等部に進学するわけだ。
神社から学園に向けて緩やかに坂になっている道をペダルをこぐこともなく進み、平坦な道になり、もう慣れ親しんだ商店街、運動公園を駆け抜けると、そこはもう夕凪学園に到着している。病院ではないが、天に突き刺さるようにそびえ立つ大学棟はけっこう有名だ。その白い巨塔の手前のうっすらと青色がかった建物、のそのまた手前の赤色がかった建物、それが中学棟である。ちなみに小学棟は緑がかっている。上から見ればなんとも美しい景色だろうに。
自転車から降りて、自転車を押しながら大きくそびえ立つ校門までやってきた。するとそこにはなにやら人だかりができていた。女子中学生が一人の少年をぐるりと取り囲んでいた。
「きゃ-!
「
「きゃーかっこいい!中学棟の案内後で私としない?」
「あー、ずるい、私もー!」
小学校の卒業式でも似たような光景を見た気がする。
「ごめんよ、話はまた後で。お前たちにかまっている暇なんて今はないんだ。分かったらどいてくれ」
話の中央にいるその男子は鋭いまなざしで彼女たちを見下したような冷ややかな視線を送る、のだが。
「きゃー!そのドS王子様っぷりすごくかっこいいー!もっと言って!」
「志摩王子!」
「こっち向いて!その視線でこっち見て!」
彼を取り巻く女子たちはもうおかしくなってしまっているのだ。この景色はある意味夕凪学園の、いや、彼の名物かもしれない。
ずっとその集団を見ていると、その当の本人と目が合った。彼は少し不機嫌そうな顔をして、
「すまないが、どいてくれ。連れが来たから」
と新春バーゲンセールに襲いかかる人々のような女子たちを押しのけてこちらへ向かってきた。あぁ、行っちゃった、後ろ姿もかっこいい、あの冷たさがいいよね、なんていう声を背に浴びながら僕の元までたどり着いた。黒縁眼鏡の奥から紫色の瞳が僕に突き刺さる。
「やぁおはよう、志摩、朝から大変だね」
「おぅ、いずも。さっさと行くぞ。話は後だ」
僕は女子の嫉妬のまなざしを受けながら志摩と校門をくぐり、さっさと自転車置き場へ向かった。
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「はぁ・・・。毎度のこと疲れるよ」
「お疲れ志摩。いつもその『キャラ』大変でしょ」
「うん、慣れって怖い。もう無意識の領域に入っちゃいそうだよ」
僕の自転車を置いて、僕と志摩はクラス分けの張り紙がされている場所へと向かっていた。
彼の名前は
そこである日彼は考えた。女子生徒へのあたりを強くすれば自分から女子は遠ざかるのではないかと。しかしその計画とは裏腹にドS系の志摩にはまってしまう女子が続出しているのだ。さらに悪いことに学園に夕露志摩はドSの王子様、という情報が流れ渡っていてもう引き返せなくなっている。
実際の志摩はむしろどちらかと言えば今のように気弱な方。鋭い視線なんてありやしない、ということは他の人の前では秘密になっている。
「また中学でもこの感じで生活しないとだめなのかな、もう疲れるよ・・・」
「もしかしたら高校もかもねっておい、そんな本気で落ち込むなよ志摩、冗談だってば」
志摩の顔がだんだんと青ざめていくのを見て僕は思わず志摩を慰めにかかる。とそんな時、後ろから、
「いずもー!志摩!おっはろー!」
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