第一話:物語之始②
何が少年の話にうまく付き合っていれば何も起こらない、だ。むしろめちゃくちゃ非常事態。とはいえあそこで全否定していたら真っ先に『お友達』とやらにされていたのかもしれない。
そんな愚痴を頭の中でぶつぶつ言いながらも僕はずっと走り続けた。息が切れてくる。この息苦しさは残念な事に現実のようだ。それにしてもあの少年、いや『元少年』はいったいどこへ?逃がさないと言っておきながら全く姿を現せない元少年にまた怖くなって走り出した。
しかしおかしい。どう考えても歩いてきた道の分は走ったはずだ。それなのに全く出口に出る気配がない。進んでも進んでも右に左にお墓。とうとう限界が来て僕は両手を膝について地面に向けて苦しそうに息を吐いて吸ってを繰り返した。
「見ィつけタ!」
声のする方向に顔をあげると、元少年は墓の上に立っていた。頼りにしていた月の光のせいで元少年の姿が足下以上にくっきりと見えてしまった。その様子は明らかに人間ではない別のもの。怪物、という言葉が本当にふさわしい。いわゆるゲームやマンガで見る化け物といった形姿、口調である。
「もウ、オ兄さんモ終ワりだヨ!またお友達ガ一人増えル!」
また?ってことはこいつは同じ事を繰り返してきたっていうのか?
「なんだって僕を!ふざけるな!こっちは記憶を無くしてたまたまこの町に来てさまよってどうしてこんな目に」
すぱっと音がした。恐る恐る後ろを振り返るとお墓が一つ斜めに切られて地面に落ちていった。まるで居合い切りで切られた後の竹のように。切れ味は相当抜群なようで。何かが頬をつたう。右手でさっとそれを拭き取り目に見えるように手を前に持ってくると、右手は赤色に染まっていた。
「アりゃ?外れ外レ!残念」
血の気がさっと引く。これといって痛みは感じないがさっきのがもう少し左だったら。あぁ、想像したくない。逃げだそうにも足が震えて一歩も動かない。
「今度コそ!おーシまイ!『お友達』増エる!」
どうしようもない。足は動かない。こんな怪物に勝つ方法もない。記憶を失ったまま、誰にも知られないまま、死んでしまうのか。反射的に手で顔を覆って目をつぶった。墓をスパスパと切ったのに腕で守れるわけがないとは分かっている。でもこれが最後の抵抗だ。自分のことも分からない、僕の最後の。
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はぁ、どうか来世はもっとまともで普通の日常が送ることのできる人にでもしてほしい。死ぬ時って意外と痛みも何も感じないものなんだな。天国と地獄ってあるのかは実は気になったりする。記憶の無い間にやったことで地獄に落ちませんように。
ゆっくり目を開けていき、目の前の光景に気づき、僕は目を見開いた。さっきとまるで変わらない景色だったのだ。でも一つ違うことがあった。それは僕を殺そうとしていた怪物は地面に打ち付けられていて、僕の目の前に『何か』がいたのだ。その『何か』はちょうど月の光に遮られ、一体何なのかは分からない。でも形を見た限り今回はちゃんとした人間の姿をしているようだ。
「グフっ、なに、なんなノ!」
打ち付けられていた元少年、怪物は苦しそうに声を出していた。
「大丈夫?」
怪物の声とは真逆の透き通った声で『何か』は僕の方を振り向いた。月の光が突然目に入ってきてまぶしい。ただそれでも分かった、『何か』はまるで満月の夜に月よりも輝く美しい桜のような女の人だった。
肩にも届かないほどに短いながらも綺麗に整えられた黒髪のショートヘアに桃色の着物をまとったその女性に思わず見とれてしまった。先ほどの恐怖がどこへ行ってしまったか。
「もう少しじっとしてて。すぐに終わらせるから」
その声に安心したのか、足の震えは止まり、僕はへなへなと地面へ座り込んだ。
「何ナんだヨ!『お友達」ヲ増やす邪魔ヲするナ!」
怪物は再び起き上がり、荒い鼻息をたてながら歯を食いしばってこっちを向いてきた。
「お友達ができないまま死んじゃったんだね。つらかったよね。苦しかったよね。でも今楽にしてあげるからね」
優しい声が静かに夜の墓地に響く。
「キオウ様、力をお貸しください」
そう言った彼女の手は光で包まれ、その光は何かを形作るかのように移動し、光がなくなったかと思うと彼女の手には日本刀が握られていた。
「ンギぎ、許サない!」
怪物は手を上げて彼女に襲いかかってきた。しかし彼女は微動だにせずじっとその化け物を見ているようだった。完全に僕は蚊帳の外だ。
彼女はすっと息を吸い、両手を振り上げて向かってくる怪物の胴体を一太刀で斬った。電光石火、疾風迅雷、紫電一閃。本当に一瞬の出来事だった。いつの間にか彼女は怪物の背中側に立っていた。
「グゲェ、エエエ。ギャアァ」
恐ろしい悲鳴が上がる。上半身と下半身に真っ二つにされた怪物は地面から動けなくなった。どうやらもう瀕死のようだ。ずっとぴくぴく動いている。
ふぅと息をはき、女性は振り返ってこちらに向かってくる。
僕の恐ろしい体験がようやく終わったようだ。未だに心臓の音は鳴り響いている。現実的でないことが起こりすぎて、感情が高ぶっているようだ。信じがたいことだけどおそらく全部夢じゃない。夢のような出来事で、死にそうにもなったが、とりあえずなんとか生きた。ふぅ、あの女の人に助けて貰った命だ。記憶の無い今、もうあの人に使えるぐらいの勢いでも、ってあれ?
突然高鳴っていた胸の鼓動が止まる。え、急に?そう思って自分の心臓があるところを見る。僕の胸にはぽっかりと穴が開いていたのだ。
目の前を見ると元少年、怪物が必死に手を伸ばした状態で何かを持ってこちらを見ていた。
「最後ノ、トモダチ・・・」
そう言って怪物の赤い目は光を失いぴくりとも動かなくなっていた。その様子を見ながら僕の上半身は後ろへ倒れていた。もしかして、あいつが持っていたのは僕の心・・・。全てを悟った。「とりあえずなんとか生きている」なんて思ったのがフラグだったのか。
誰かが声を出して駆け寄ってくる。さっきの綺麗な女の人だった。僕の体を抱きかかえ、今にも泣きそうな顔をしている。体が動かない。視界がぼやけてくる。
「________、________!」
何を言っているのか聞こえない。
「______」
何を言ったのかはまた聞き取れなかった。そして、彼女の目から僕の顔に涙がこぼれ落ちてくるのを見たのが僕の意識の最後だった。
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