第6話 「賢太、コクられる」

・6・「賢太、コクられる」


 一方、賢太は二人の友人に頭を下げられていた。

「つーことで、お前も協力してくれよ」

 顔を上げた和馬は手を合わせ、再度懇願する。


「そんな、わざわざ危ない事に首を突っ込まなくてもいいでしょ?」

 賢太は彼らを突き放すように言う。

「でもよ、このままじゃあ三好は嘘つき呼ばわりされちまうかもだぜ? そんなの見てられねーし、黙ってもいられねぇよ」

 和馬はそう続ける。


 三好。賢太や和馬の友人で、彼こそが花子さん騒動に巻き込まれ、怪我をした生徒である。

 一昨日、三好はガラの悪い上級生に脅されるがまま、夜中にトイレに入ったそうだ。そこで、花子さんを『見た』事で錯乱し、開いていた窓から転落、重傷を負った。

 三好は『見た』と主張するが、それを大人達が信じるはずも無く、彼の見間違いによる事故として処理されてしまっていた。

「三好君の怪我はいじめによるものだと、結論がつくそうじゃないか。だったら、これ以上、話しに首を突っ込まなくても良いだろう。余計に拗れてしまう」

「言い返せない位、オトナみてぇな物言いしやがって、賢太ァ。迫田もホラ、必死に頼んでんだから」

 もう一人の男子生徒、迫田も懇願するような目で賢太に訴えてくる。

 ラグビーで鍛えた屈強な体の持ち主で、鋭い眼光から迸る「超」体育会系特有の

プレッシャーが、自然と賢太を威圧させる。

 勿論、迫田にそのつもりは無いのだが。


「そりゃあ、僕も三好君が悪く言われるのはちょっと許せないよ」

 賢太の言葉は本心からのものだった。

「それに、お前って、無駄に知識だけは豊富じゃん?」

「悪かったね。マイナーな分野だけ博識で」

 先程までの同情は急速に失せた。

「お、怒る事はねぇだろ? それにいつも冷めた調子で見てる分、俺らより周りがよく見えてるっていうかさぁ……」

「どうせ僕なんか根暗で人の欠点しか見つけられない人間ですよーだ」

「あぁ、もう! 何でそう、お前は人の言う事を一々斜めから受け取るんだ!?」

 和馬は頭を抱えて叫んだ。


 賢太はしばらく友人二人の様子を窺う。そして、こちらが折れない限り交渉は続くと判断して、溜息をついた。

「……分かったよ。協力はするけど、収穫はゼロだから、アテにしないでね」

 一介の高校生の集まりで何とかなるような騒ぎじゃない。賢太がそう考えている時だった。


「ちょっと失礼するね!」

 急いでいる様子で朱音が教室に突っ込んできた。彼女は教壇の上から教室を見回し、目的の人物を見つけた。


 窓側後列の席に座っている小柄な男子。

 昨日知り合った男子。

 山樫賢太。


 朱音は賢太のいる席まで歩み寄る。

「あ、朱音さん! お、俺……じゃなかった、あっちき、じゃない。わたくしめは」

 早速、告白体勢に移行する和馬の存在を無視。ずかずか、朱音は賢太に近づく。

 窓際に座る賢太に逃げ場は無かった。彼を覗き込むように形の良い両目が接近する。彼女の首筋からは微かに甘い香りがしてきた。


「山樫君、付き合って!」


 開口一番の爆弾。

「つき合ってぇっ?」

 一番大きなリアクションを取ったのは、賢太本人では無く和馬だった。

 次に教室にいる生徒達、最後に賢太。迫田は無反応。眉一つ動かさない。

 賢太はあ然とした様子で目の前の少女を見返した。


「お願い! あたしには君しかいないの!」

「うぎゃああああああああああああああああああああああっ!」

 和馬は断末魔の叫び声を上げ、両膝を床に着ける。


「だから一緒に来て!」

 朱音は賢太の細い腕を掴み、彼を引っ張り上げた。


「お幸せに」

「ちくしょう、羨ましいぞ!」

「孫に囲まれたまま、老衰しちまえっ!」

 祝福と冷やかしの言葉を浴びながら、賢太は連行された。


 迫田は心配そうに和馬に目を向ける。和馬は死んだ魚のような目で空を見上げた。

「なぁ、迫田」

 迫田は声にもならない返事をする。

「空、青いな……」

 迫田もちょっとだけ上を見る。

 

 空は雲一つない快晴であった。

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