第5話 「朱音さん、立たされる」
・5・「朱音さん、立たされる」
その日を境に学校に流れる噂は、荒上朱音の憑き物から三階男子トイレの花子さんに取って代わった。
ある者は半ば面白半分に噂を流し、
ある者は噂を歪曲し、
ある者は夜中にトイレに忍び込んで、後から大目玉を喰らう。
そして中には実際に怪異に遭い、怪我をする生徒も出た。
様々な要因により、『男子トイレの花子さん』騒ぎはますます過熱していった。
もちろん、それに比例するが如く、噂や流言飛語が大量に飛び交うようになった。
一・花子さんは夜な夜な男子トイレ利用者を覗き見する、らしい。
二・花子さんは生徒に男子トイレの利用者に悪戯をする、らしい。
三・花子さんは一人でいる所を襲い、トイレの便器の中に引きずり込む、らしい。
四・花子さんは元苛められっ子で、復讐の為にトイレに入った者を殺す、らしい。
「何なんすかこれは? 噂にしちゃ、多過ぎやしません?」
職員室で噂の一覧が書かれたプリントを読んでいた朱音は顔を上げ、眉を顰める。
彼女の前には教師の南極が狭そうに椅子に座っていた。
ペンギンのように下半身に肉のついた中年の教師で、鼻も鳥の嘴のように長い。
やはりと言うべきか、生徒からは『ペンギン』と、密かにあだ名されている。
もちろん、当人には筒抜けなのだが。
「噂というものはそんなものだろうな。一番有力なのがその四つ。そもそも、わたしがこの学校の生徒だった時は、実は花子さん達の学級があるって噂もあったぞ」
「花子さんが四十八人でもいるんですか? その名もHNK48ってな感じで」
「そう思うだろ? ……数はぼかされたままだった」
「むしろそっちの方が怖い」
朱音はそう言って南極の机にプリントを置いた。
「昔話はこれ位にしてだな。お前に、何とかこの騒ぎを止めてもらいたいんだ」
と、南極は言う。暇な生徒に委員会か、もしくはクラブの責任者をやるように頼む時と殆ど同じトーンで。
「は?」
朱音は当然訊き返す。
「お前も似たような逸話を持ってるからな。適任だろ?」
「は?」
「二度も訊き返すのは、すごい失礼だぞ」
「い、いやいや。待って下さいよ。そ、そんなぁ。それに、噂なんて放って置けば勝手に収まるでしょう?」
ようやく、朱音は机を叩いて拒否を始めた。
「お前の噂は、入学当初からこの十月になるまでに、一回でも途絶えたか?」
朱音は言葉に詰まる。
答えは否。今回の花子さん騒ぎが起きるまで、絶えた試しが無い。
「変な噂が広まるのもそうだが、何よりそれを確かめようとして無茶をする生徒も増えてきている。怪我人も出た事だし、ここで何とか熱を冷ましたい」
「だったら、先生方が一番適任じゃあないですかぁ!」
朱音は尚も抵抗の姿勢を見せた。
「……四」
突然、南極は数字を口にした。
「お前が壊した椅子の数だ。あと、机が二にキャスター付きの黒板が1つ。教室の大黒板も1つと窓ガラスは九枚で、これから先も増える可能性あり。まだ一年生の二学期で、この数は前代未聞だ」
「う……」
「今は学校の予算で何とかしている状態だが、これ以上壊すとお前に弁償してもらわなきゃいけなくなる。そうなると親御さんにも迷惑がかかるわけだ。あと、問題児という烙印が押されると、進学はおろか就職にも響きかねんぞ?」
教師の立場から繰り出される脅しに、朱音は青ざめ、小刻みに震える。
「ど、どうしたら……」
「お前が騒ぎを解決したとなれば、それなりの評価が下されるかもな。まあ、これはあくまで……」
そう言っている間に、朱音は職員室を飛び出していた。
「……何だか不安だなぁ」
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