第4話 「すこし不思議、略してSF」

・4・「すこし不思議、略してSF」


 賢太は隅のできた目を擦りながら和馬と共に廊下を歩いていた。

 和馬によると小柄でやせ気味の体躯が、今日は一段と小さく見えるそうだ。


「なんで、そんな疲れてんだ?」

 やっぱり和馬は尋ねる。

「うん……」

 賢太はぽつぽつと語り始める。聞いてほしかったのかもしれない、と彼は後に振り返るのであった。


 まがのい様の事を一晩中、調べ回った。

 今はインターネットなる世界を通して、膨大な情報が手に入る。

「ネットは広大だわ」

 調べものをする度に、賢太はそう思うのである。


 そして、彼はまがのい様の伝承、そもそも祟り神とは何なのかと、睡眠時間を削って調べたせいで、ほんの数時間しか眠れなかった。


「でもね……」

 と、賢太。

 時間を浪費した割に収穫量は少なかった。それでもいくつか分かったことはある。


 祟り神と言うと、どうしても忌避されがちだが、手厚く信仰することで、人々に恩恵をもたらしてくれる場合もあるそうだ。逆に災厄がもたらされる場合も有り、そこは信仰度合で決まる……そうだ。


「何だか年中無休でハロウィンやってるみたいだ。祈らないと悪戯しちゃうぞって」

 一通りの説明を聞いた和馬は率直に感想を述べた。

「悪戯の度合いを越えてる事故とか事件が何度も起きてるみたいだから、あんまし笑えないけどね。でも調べてみると、こういった伝承ってあちこちに残っていた。結局、まがのいについてはよく分からなかったけどね。多分ネタがローカルすぎて、物好き達にも情報が無いんだよ、多分」

「お前、将来その手の学者にでもなっちまえば?」

「それもいいだろうけど、食べていけるのかな? ちょっと前は、やたら幽霊だとか心霊体験だとかがブームになってたけど、今は科学万歳の時代だし、下らない昔話の一言で片づけられちゃうからね、そういうのはさ」

 でも、と賢太は続ける。

 和馬は苦笑い。

 友人の凝り性をよく知っているからこその笑みであった。

「受け継がれてきたのにはそれなりの理由がある訳だし、現代までに伝わってきた過程を調べる事で……」

 ふと、賢太は口と足を止め、ある一角に目を向けた。

「あそこ、トイレだったよね?」

 三階の北側にあるトイレ。普段は寂れた便所で、寂しい厠の筈だった。

 だが、今日は大勢の生徒達が集まり、奇妙な賑わいをみせている。


「何だろう?」

 賢太が遠目から見ている間に、和馬が生徒の一人に声をかけた。

「何してんの?」

「ああ。実はさ……出た、みたいなんだよ」

「出た?」

「花子さんだよ」

「はあっ?」

 と、素っ頓狂な声を和馬は声を出す。

「ほら、よく学校の七不思議とかにあるじゃんかよ、『トイレの花子さん』ってさぁ。それがこの学校にも出たんだよ」

 和馬は距離を置いて見ている賢太に目配せする。静観していた賢太は肩を竦めてみせた。


「昨日、このトイレを使った用務員のおっさんが見たんだと。でな、今日そのおっさんは熱出して休んだんだ。これってさ、呪いとかなんかね?」

 その生徒は熱っぽく語る。


「んなアホな……って事が言えないんだよなぁ、この学校って」

 和馬の脳裏に、愛する荒上朱音の姿が浮かぶ。殴られた時の痛みは残ったままだ。


 いわゆる『少し不思議』略して、SF的な人間がこの学校にはいるのだ。だったら花子さんの一人や二人、トイレの中にいた所でおかしくない――はずだ。


「でもさ、このトイレ……」

 和馬はドアの上にある文字プレートを指さす。そこにはこう書かれていた。



『男子トイレ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る