第2話 「それは何です?」

・2・「それは何です?」


 山積みになった机に椅子の山から、一人の男子生徒が痛みに顔を歪ませながら這い出てきた。


 笑顔でも浮かべれば女子生徒の一人や二人位寄って来そうな、整った顔立ちをしている。適当に伸ばした髪は普段より乱れ、着崩した制服も、いっそう崩れていた。


 足立和馬。賢太の友人。

 

 そして、朱音に熱烈な愛の告白を幾度となく敢行、玉砕している憐れな男。

 何度もトライ・アンド・アタックを繰り返しているらしい。この愚行が毎度のこと、彼女の逆鱗に触れるらしく、その都度、鉄拳をもらって盛大な吹っ飛び方をしている。

 ――と、言われていたが、

「荒上さんが殴った時、影も一緒に殴ってたよね?」

 と、その瞬間に居合わせた賢太が言う。


 一見すると朱音が強烈な力で殴ったようにみえるが、実際は違った。

 確かに、朱音はあの時、和馬に鉄拳を浴びせた。小さな拳が、軟派な顔にめり込んでいたのは、事実。


 正にその瞬間。件の影が現れたのだ。

 腕だけが、朱音の肩口から、何の前触れもなく。

 

 そして、朱音の拳が和馬の頬にめり込むのに合わせ、影の〈何か〉が同じ場所に当たった。これが和馬を吹き飛ばしたのだ。

 どうやら、袖らしき場所から出てきたようだ。そこまでは賢太にも予測がついた。ただ、正体までは見きれなかった。

 

「そうなの?」

 賢太の熱っぽい説明に耳を傾けていた朱音だったが、徐に彼女は首を傾げた。

 そこでようやく賢太は思い出した。

 

 彼女には後ろの影が見えていない。


 まさか、彼女にまつわる全ての噂が真実じゃないだろうな? 賢太はそんな疑念に駆られた。

 悪寒がするのは季節のせいじゃない。

「荒上さん。これは一体、何なの?」

 賢太は影を見上げる。ここでまた一つ、気付く。


 さっきよりも影が濃くなっている。


 朱音は後ろに目を向ける。

 そして、見えてないのにも拘らず、奇妙な影へウインクをした。


「まがのい様……かな?」


 彼女は『まがのい様』と呼んだ。

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