まがのいさま が みてる(らしい)

碓氷彩風

第1話 「朱音さんは、よく笑う」

『荒上朱音という女生徒には何かが憑りついている。だから手を出してはいけない』


 妖怪ブームで世間が騒がしい中で、そんな噂が巳社籤(ミシャクジ)高校の中で広まっていた。


 荒上朱音

 

 1年生


 彼女は有名人だった。

 校内でも美少女の部類に数えられるであろう容貌の、良い意味で。

 髪を後ろで一本に束ね、すれ違う時に思わず振り返ってしまいそうな、可愛らしいよりも美しいが先行する顔立ちを持っていれば、当然だ。

 


 彼女は有名人だった。

 ある噂によって、悪い意味で。


 屈強な不良生徒を一撃で昏倒させた(らしい)。

 トラックと衝突したにも拘らず、どういう訳かトラックが押し負けた(らしい)。

 しかも、奇妙な壊れ方をした(らしい)。


 何もかもが噂、噂、噂。

 実際にその様を見たものはごく少数。見た、と言う人間の証言はあまりにも荒唐無稽なため、誰も取り合わない。


 噂自体は根も葉も無い、ただの作り話だろう。

 多くがそう認識していた。

 

しかし、噂というものは広がれば広がるほど、妙に現実味を帯びてくる性質がある。


 山樫賢太は一年二組の教室で、まさにその瞬間に立ち会っていた。


 その瞬間に、その場に、運悪く居合わせてしまったと言うべきかもしれない。



 ・1・「朱音さんは、よく笑う」

 

 十月も半ばを過ぎたある日の放課後。

 教室は傾いた夕陽によって、真っ赤に彩られていた。

 その陽に照らされている朱音の背後に、黒いぼろ切れを身に纏った、奇妙な影が浮かび上がっていた。

 出来るはずのない場所に、影は浮かんでいた。


 ただの影にしては細長く、そして彼女の姿形とも全く異なる様相であった。影には色があり、まるで彼女から独立して、浮いているようだった。


 影は賢太よりも巨大であった。

 二人ぶん。小柄で細い体躯の賢太を二人、縦に並べると、ほぼ影と等しくなる。

 並の人間と比較しても、やはり大きい。


 影は白い布で頭をすっぽりと覆い、頭から細い腰の位置まで、ボロボロに朽ちて日焼けした巻物を、ぐるぐる巻きつけている。

 巻物には古い文字がびっしりと書き込まれていた。

 なんと書いているのだろう。まったく読み取れない。


 影は長い腕をだらりと下げ、広い袖を宙に漂わせている。手は袖の下にでも隠れているのだろうか。それとも、無いのだろうか。

 そして足というものを影は持っていなかった。


 それなら、幽霊なのかもしれない。


「ねェ、君」

 不意に荒上朱音が声をかけてきた。ビックリするくらい、キレイな顔に微笑みを浮かべて。後ろの影のこと等お構いなしに。


「……君って、男の子?」


 場違いな質問。そうは思いつつ、賢太の首は反射的に頷いていた。

「そう。何だか女の子みたいだなって思ってさ」

 朱音はまた笑った。


 彼女が言うように、賢太はどこか女っぽさのある、中性的な顔立ちをしている。ひ弱な体もそう思わせる要因の一つで、それが彼のコンプレックスにもなっていた。


「さっきから驚いてるってことはさ、これが見えるんだ?」

 彼女はそう言うと、後ろの影に目を向ける。


 今度は本筋に沿っている。賢太は小さく頷く。


「今もいます、そこに」

「そっか……」

 朱音は微笑した。良く笑う人だ。

 でも、今度の笑みはどことなく寂しそうだった。

「みんなは見えるのに。あたしだけは見えないんだ、こいつの事」


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