第三回 267億光年のきみへ(theme 同)
星に名前を付けることができるらしい。
手軽な値段で命名権が売られていて、それを買うことで名前がつけられるんだそうだ。
「あのね、あの辺に、私の名前がついた星があるの」
都会の明るい空を指さして、彼女はそう言って笑っていた。
星の見えない場所に生まれながら、いや、むしろそれ故か、星が大好きな彼女に連れられて、プラネタリウムには幾度となく足を運んだ。値段も高度も高いホテルのスイートに泊まることよりも、いなかの山奥で使い古しのテントに泊まることを喜んでいた。
その日は彼女の誕生日で、仕事は休めないからと仕事帰りにバーで飲んだ帰りだった。
「あれが北極星、あの赤い星がアークトゥルス、それで、白いあれがベガ……」
目を凝らしてようやくチラチラと光っている星を一つずつ指さして数える。
そして、何も見えない場所を指さして、くるくると示しながら、こっちを見て笑った。
「あの辺よ、私の名前の星」
聞けば、幼い頃に誕生日プレゼントとして両親に贈ってもらったのだと言う。
「あなたの名前の星もほしいね」
私の星の近くに、と付け加えて、照れくさそうに笑った。
――その星は、どのくらいの場所にあるの。
あれからもう三年が過ぎた。
仕事先から帰宅して郵便受けを確認すると、何やら仰々しい封筒が入っていた。宛名書きに天文台の文字を見つけて、ああ、と思い出す。
中には、星に名前をつけました、という主旨の賞状のようなもの。
見たこともない、というより、都会ではもちろん地球から肉眼で見ることすらできない星の番号と、自分の名前が記されていた。
名前をつけることはできても、星の場所を指定できる申し込み先がなかなか見つからなくて、ずいぶんと時間がかかってしまったが、これで、彼女の星のすぐ近くの星に、名前をつけることができたはずだ。
もちろん、この名前は正式なものではないし、単に自分の気分の問題なのはわかっている。それでも大事なのは、その、気分でしかないはずのものだ。
海外まで足を延ばして、日本では見れない星が見たい。宇宙飛行士は体力がないからむりだけれど、宇宙センターで働きたい。彼女のたくさんの願いのひとつでも、叶えることができたなら、それが何よりのことだ。
社宅の狭いワンルームのベランダに出て、空を見上げる。
「さむ……」
都会の空気の中からでは、ほとんど星など見えない。
「あの辺、かな」
それでも、わずかに見える星を手がかりに、だいたいの位置を推測する。星の知識が豊富なわけではないから、彼女のように確信をもって断言はできない。
ただ、自分と彼女の間に残っている、消化不良だった約束をひとつ、落ち着かせたかっただけだった。
――北極星とアークトゥルスとベガの中心、267億光年先に、きみがいる星がある。
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