第9話 不思議な温泉

 私達は強化合宿のため、ギエフ王国北部の山岳地帯にあるゲロン温泉に来ています。


「こんな山奥に王国の研修センターが在ったんですね」

「在ったのだ」


 研修センターは温泉付き宿泊施設でトレーニングジムや多目的ホール、バーベキュー場、バナナ倉庫などが併設されており、まさに強化合宿のための施設ですね。


 参加者は私とクマーさん、魔女のおばさん、ノブ・ナーガ様、ラン・マールさん、滝川さん、OICHI様です。

 滝川さんというおっさんはノブ・ナーガ様のアウトドア仲間だそうです。


 到着するなり各自ジャージに着替えて会議室に集合します。

「今日は私がコーチをするわ」

 といきなり前へ出たのは魔女のおばさんでした。

「まず修行に入る前にそれぞれの役割を自覚しておくように。今からブラック白雪姫再封印のための手順を説明するわ。大丈夫、作戦は非常にシンプルだから鮭でもクマーでも理解出来るわ」

「私をなんだと思ってるんだ」

魔女のおばさんが猫の絵が描かれた表紙のマニュアルを配ります。

「まずブラック白雪姫が封印されてる異世界に続くゲートの前でみんなで待機するわ。それで時が来たらゲートが勝手に開くから、ブラック白雪姫が出てきた瞬間に、みんなで袋叩きにしてもう一度ゲートの中に押し込むわよ」


 なんてシンプルな作戦でしょうか。

「でも一つだけ注意する点があるの。ブラック白雪姫に付き従う七人のおやじ達が、ゲートの前で待機する私達を妨害してくるに違いないわ。だから気をつけてね」

 気をつけようと思いました。


「それと役割分担だけど、前衛は頭悪そうなクマーとリンデレラがやってね」

「えっ」

「おいっ」

「ノブ・ナーガは大将だし、私は魔女だから後衛でみんなのサポートしないといけないでしょ。あとラン・マールとOICHI様は別に呼んでないから特に役割は無いから、やっさやっさ言いながら舞でも舞ってなさい」

 そういう理由なら私は納得出来ますが、呼ばれてないのについて来たラン・マールさんとOICHI様は不満なようです。

「何故ですかノブ・ナーガ様。この私にも戦わせてください」

「そうじゃ、姫だって戦いたいのです」

 それにも一応理由があるみたいで

「なぜ駄目かって、ブラック白雪姫は人の心を惑わす力があるわ。だから半端な戦力だとかえって敵に取り込まれてしまうかもしれないでしょ」

「あっはい」

「やっさやっさですじゃ」

 なんか納得したような、しないような。


 作戦と役割がはっきりした所でようやく修行開始。大自然の中で修行と思っていたのに何故か私達は温泉街を激走しています。

 魔女のおばさんが私とクマーさんに言った事は

「前衛の二人は人間相手の実戦経験が少ないから、街で罪人を捕まえて来なさい」

「えぇ、そんなに都合良く罪人なんていませんよ」

「大丈夫、さっき近くの留置所から十人くらい逃がして来たから。はいこれ罪人の写真ね」

「なにやってんのお前」

 さすがにこれにはノブ・ナーガ様も引いていました。


 そういう訳で私は街中を走り回って罪人を捕まえるのです。一日かけてなんとか十人全員を捕まえる事が出来ました。

 もう汗とか泥とか反り血にまみれてへとへとです。ここでようやく合宿をゲロン温泉でする意味がわかりました。みんなで天然露天風呂タイムといきましょうか。



 夕暮れ、黒い山肌のむこうがほのかに朱に染まっている。冷たい風に肉体を晒し、沸き立つ湯煙の温さに誘いこまれる。

 この儚い間の中で、一人ノブ・ナーガは湯船に半身を乗り出して物思いにふける。この曖昧な背景に、鍛え抜かれた肉体だけが輪郭を描くように輝き、くっきりと浮かび上がっている。

 そのあまりに幻想的な光景に、ラン・マールは不意に涙を流しそうにすらなる。無理矢理着いてきて、よかったのだと確信する。


「殿、御背を御流ししましょう」

 言った。ラン・マールの屈強な肉体から出たとは思えぬような、震えた声だった。


「であるか……」



 温泉から出ると、滝川さんが山で採った獣肉でバーベキューの準備をしていました。

「強くなるにはなあ、肉を食べんといかんぞぉ」

「これはなんの肉なんですか」

「ガハハハハ」

 こんな感じで夜は更けていきました。



 翌日も逃げた罪人を捕まえる修行ですが、今度は罪人が十五人に増えました。さらに翌日には二十人、そして、三十人、五十人、八十人、百人とわずか一週間の間に増え続けていきました。

 初めは苦戦しましたが、一週間後にはクマーさんと捕獲数を競うくらい余裕が出て来ました。

「私は今日は四十八人捕まえたぜ。そっちはどうだ」

「私は四十六」

「そうか、私の勝ちだな」

 この時のクマーさんはいつになく嬉しそうでした。やはり猟師なだけあってこういうのは得意なんでしょうか。



 それは二人で九十四人の罪人を捕まえた日の夜の事でした。

 経費削減の為、私とクマーさんは相部屋です。夜中に物音がして目が覚めると、クマーさんの姿がありません。どうせクマーさんの事なので、ぶうぶう豚みたいに宿舎の食料でも食べてるに違いありません。そう期待して食堂へ向かったのでした。


 やっぱり食堂にいるじゃないですか。それも魔女のおばさんと一緒に。でも二人は食料を狙ってるって感じじゃありませんね。柄にもなく真面目な話をぶうぶう豚みたいにしているようです。


「私はこのままだとリンデレラに追い付けねぇ」

「そうねうさぎと死んだカメくらい差があるわ」

「えっそんなに!?差が埋まらねぇよそれ」

「戦うために生まれたあの子とは遺伝子レベルで差があるから」

「そんなの私だって産まれついてのバトルマニアだぜ。なあ、頼むから私に戦い方を教えてくれよ」

「いいわよ、あなたが育てばあの子のいい練習相手にもなるし。まぁ私とヒンデレラの最高傑作を越えられるとは思わないけどね」

 なに勝手に練習相手を作ってくれてるんでしょうか。それに、私に隠れて強くなろうというなら、私も隠れて修行してさらに強くなるまでです。手始めに温泉街の雀荘で徹夜麻雀の修行といきましょうか。


 この夜から二人の修行は昼夜を問わず激しさを増していくのでした。

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