第6話 不思議な野生対理性
いよいよ最強決定トーナメントの一回戦第一試合が始まりました。これに勝てば優勝です。
観客達の歓声のアーチをくぐり抜け、特設ステージヒノキマックスに入場します。
対するは強敵のクマーさん。なんだか同じ人とばかり戦っている気がします。
それはさておき一度は負けた相手ですが、まだデレラ状態にはなりません。
「おい本気で来いよ。光った方が強いんだろ」
「いや、これで充分です」
「ふざけんな舐めやがって。お前なんかチーズドリアみたいにしてやるぜ」
クマーさんの激流の様に押し寄せる連撃を身体の比較的当たり障りのない部分で受け止めます。一撃一撃からはクマーさんの戦いに対する熱い感情が伝わってきます。
さらに踏み込んできて無防備になった所を叩こうとしたのですが、流石にこっちの狙いに気付いたのか身を引かれました。
「危ないな、リスとふれ合って気持ちを落ち着けていなかったら挑発に乗っていた所だったぜ」
流石にクマーさんレベルになると戦いでも冷静です。
やはり一筋縄ではいかない相手の様ですが、デレラ状態はまだ温存して、まずはクマーさんを分析してみましょう。
クマーさんのバトルスタイルといえば、恵まれた体格から繰り出される力強い攻撃ばかりに目がいきますがそれだけではありません。
クマーさんの強さの背景には、猟師の経験で培われた野生の感があるのではないかと思います。恐らくは相手の僅かな筋肉の動きや呼吸を読み、常に反射的に最善の一手を打ち込めるのでしょう。これは猟師ならだいたいみんな出来ると昔お母さんが言ってました。
ではこの押し寄せる野生にどう立ち向かうのか。理論的には簡単な事です。相手に自分の行動を読めなくさせればいいのですから。
ですが、それを実際にやるのがなかなか難しいものです。あまり使いたくなかったのですが
「今から見せるのはデレラ拳十七大奥義の一つ、爆裂ひまわり音頭」
「十七大奥義だと、なんかすげぇ」
十七大奥義はその全てがあまりに危険な技です。なのでお母さんからは、人に向けて使ってはいけないと言われています。
まあ、クマーさんなら大丈夫だと思いますが。
「ひまわりは友達さ~根っこの捻れた友達さ~」
と歌いつつ白目のまま稲刈りの動きでクマーさんの周りを周り始めます。
「えっあっ薬切れたのか」
クマーさんでさえもこの動きは見切れないのです。
「なんだこれ……なんなんだ……」
自然界にはない動きに戸惑い、クマーさんは完全に術にはまっています。
「頭大丈夫なのか」
ここですかさずノーモーションでのタックル。私の肘がクマーさんの内臓に深く食い込みますが
「ふぐぅぅぅ、捕まえたッ」
「捕まった」
クマーさんに正面からホールドされてしまいました。
この体勢は非常にまずい。
ここでようやくデレラ状態。クマーさんの鋭い犬歯が首元に食い込む前に宙に飛び上がります。
クマーさんも学習したのか、すぐに私から飛び離れます。
私は一人宙を舞い、ステージから崖の下へ。というのはフェイク。崖からせり出したヒノキの舞台の支柱に掴まります。
そして、崖の下を覗こうとしたクマーさんの顔を蹴り飛ばしつつ、ステージ上へ。
屈んでいたクマーさんは無言で、それも満足気に立ち上がります。なるほど、体力面は細かくダメージを与えてきました。それゆえにクマーさんは互角に人と戦える喜びに闘志を燃やしているのでしょう。ここは一つ、精神面も削っておくべきでしょうか。
デレラ拳十七大奥義「天空の甘栗」。
「私と戦うのは楽しいですか」
「当たり前だろ、山にはいないからな。お前みたいな猛獣は」
「そうですか。私は別に楽しくもなんともないんですけどね」
ここははっきりといい放ちます。するとクマーさんは少し慌てて
「何でだよ、こんなに殴りあって……殺しあって…………解り合える。そうじゃないのかよ」
「私は殴りあったり、殺しあったり、戦う事が好きでやってる訳じゃないんです。デレラ拳だって一子相伝の習い事だったから、お母さんが教えてくれたから知ってるだけ。本来の私は戦いなんかしない、ごく普通の女の子なの」
「ふざけんな。それだけの実力を持ってるくせに。お前は友達だと思ったのに」
激昂したクマーさんが我を忘れ、拳を繰り出して
「お前は同類なんだ」
私の顔をかすめ
「同じくらい喧嘩馬鹿で」
肩を打たれ
「残虐な猛獣で」
脚を掬われ
「だから友達になれるとおもったのに」
クマーさんの拳が私の心臓を打ち、身体の全骨格が揺れたような音を立てます。
それでもわずかに身体の軸から拳が逸れていたのは動揺のせいでしょうか。
「気持ち悪い」
「えっ」
「気持ち悪いって言ってるんです。でも、それでもクマーさんとまた戦いたいって思ったのは、勝手に人の家に上がり込んできて暴力を振るおうとするような奴を野放しになんて出来ないでしょうが」
「えぇっ」
デレラ拳十七大奥義「天空の甘栗」。それは敵を徹底的に論破して精神的に追い詰め、弱りきった所を潰す基本的な技です。
論破され、全ての思考が一瞬止まってしまったクマーさんの顔面に容赦なく拳を叩き込み、反撃される前に全身のヤバそうな部位を滅多打ちにしてやります。悪はこの拳で砕く、これは正義の戦いなのです。もう二度と乱暴な事が出来ないように徹底的に懲らしめないと。
「そこまでじゃ」
誰かが後ろから私の腕を掴みます。
「離してください」
振り替えるとそこにはギエフ王国の王子ノブ・ナーガ様が。
「あれを見よ。勝負はついておる」
ノブ・ナーガ様の視線の先、クマーさんがボロボロになって転がっていました。どうやら私としたことが、ついうっかりやり過ぎてしまったようです。
「おめでとうリンデレラ。優勝はそなたじゃ。そして、そなたには私と戦う権利を与えよう」
デレラ拳の実力を認めてもらえる、待ちに待った好機です。そして、僥倖はこれだけではなく
「わしは毎日明太子を食べれるくらい金持ちでな。だいたいの事は何でも出来るだけの金はある。どうだ一つ好きな願いを言ってみよ。もしわしに勝てたらならばその願い、叶えてやろう」
その金の出所は税金のような気もしますが、私の願いはただ一つ
「私が勝ったら服役中のお母さんを釈放してください」
するとノブ・ナーガ様は不適な笑みを浮かべ
「母親か…………。残念だがそれは出来ないなぁ。なぜならそなたはこれからわしに倒されるのだからなぁ」
その笑顔は生涯の拳をぶちこみたい笑顔ランキングでも相当上位だと思いました。
かくして王子様とのパーティーの夜がここに始まりを告げたのでした。
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