第2話 不思議な気持ち

 拝啓お母さん

 私はとんだ誤算をしていました。継母の180センチの巨体から繰り出される攻撃は凄まじく、まともに喰らえばひと堪りもないでしょう。

 でも、つまり攻撃をよけさえすればいい訳で

「ちょっとアンタ攻撃が当たらないんだよ」

 徐々に距離を詰めながら、継母の死角から渾身の一撃。

「ダーク漆黒ドラゴン掌」

 今三秒くらいで考えた技名です。

 しかし、技名を考える時間が足りなかったのか、継母を仕留める事はならず

「うおおおおおおッッッ」

 私の追い討ちに継母の反撃、拳と拳がぶつかり合い、力負けした私は弾き飛ばされました。


「この継母に逆らったこと、地獄で後悔させてやる」

「そろそろ見せましょうか、私のフルパワーを」

 私にはまだ奥の手がありました。

「フルパワーだって、アンタはそんなキャラじゃないでしょうが」

「はあああああッッ」

 身体が末端まで熱く沸き立ち、心から闘志が爆発するのを感じたら、全身が光りだし何かエネルギー的なものに包まれています。

「アンタ身体光ってるわよ、一体何を食べたらそんな事になるんだい」

「デレラ状態」

 まだ幼い頃、お母さんに聞いた事があります。デレラ拳の真の力は心が輝き、闘志が爆発した時にこそ引き出される。そして、その究極形態こそがデレラ状態。


 このデレラ状態が初めて発現したのは魔女のおばさんの元でランニングの修行をしていた時でした。

 夕方、ランニングに疲れた私は少しコースを離れてよく行く肉屋さんに立ち寄りました。目当てはもちろん一日三百個限定オバケかぼちゃのコロッケです。人気店だけあって常に数人の列が出来ており、私も最後尾へと並びました。しばらくしてついに自分の番が来ると思った矢先

「かぼちゃコロッケ売り切れデース」

 という店主の無慈悲な宣告。私はただその場に立ち尽くすしかなかった。自分に残されたのは深い哀しみ、そして、行き場のない怒り。その時、私の身体が金色の光を放ち、解放される力を感じました。それからデレラ状態のまま拳を強く握りしめ、そのまま帰宅しました。


 だが、今は違う。この行き場のなかった怒りをぶつける相手がいる。

「許さない」

「えっ」

「コロッケの恨みッ」

「あっ」

 拳が継母の捕らえられないような速さで打ち込まれ、180センチの巨体が宙に浮いていました。

「ぐああああああッッ」


 デレラ状態でいる時は速さも重さもまるで比べ物にならないほどで、弱気だった私が一方的な戦いを楽しんでいました。


 我に返った時、私の目の前にはぼろ切れの様になった継母が横たわっていました。

「どうだったリンデレラ、本気で戦った気分は」

 いつの間にか魔女のおばさんが家の中にいました。住所を特定されただけではなく、なんか勝手に上がりこまれていました。一体この人はどこまで私に付きまとう気なのでしょうか。

「気持ち悪い」

「えっ、そう言う割にはすごく楽しそうに戦ってだけどね」

「あっ」

 思わず心の声が漏れていた様ですぐに言い直す。

「いやそうじゃなくて、まぁその楽しんでましたね」

「でも今のままじゃまるで駄目ね」

「はぁ」

「あの程度の敵を相手にデレラ状態になっている様じゃ今後のインフレについていけないわよ」

「インフレ?」

 学の無い私には難しい言葉はわかりませんが、それが何か美味しい物だということは感覚的に理解しました。


「まあ今日は疲れたでしょうしお茶でも入れて落ち着きましょう」

 魔女のおばさんはお茶とかを入れ始め、まるで自分の家の様にくつろぎ始めました。本当にこの人は何なのでしょうか。

「そうだ、商店街の新しい店でお菓子買って来たのよ」

 魔女のおばさんが紙袋から出したのは魚の形をしたクレープみたいなやつでした。これがインフレという食べ物なのでしょうか。

 しかし、今さらですがこの怪しいおばさんからお菓子なんか貰っていいのでしょうか。限りなく怪しいお菓子です。

 中にはカスタードクリームが入っていて美味しかったです。甘くて香ばしくてインフレという奴はなかなか美味しい物です。


「おっと、お客さんが来たみたいね。入って来なさい」

 私にはよく解らなかったのですが魔女のおばさんは突然何かを感じ取った様です。そして、ここは継母の家です。

「気配を消してたつもりなんだけどな」

 そう言って部屋に入って来たのはなんかワイルドな感じの服装をした女の子でした。年は私と同年代といったところで、無造作な長い黒髪が凛々しさを感じさせます。


「私は''赤ずきん''のクマーって者だ。知ってるだろ、街では名が知れ渡ってる猟師なんだが」

「知りませんし、何しに来たんですか」

 疲れたので二人には早く帰ってもらいたかったです。

「別に知らなくてもいいけどさ。私は森で猟師をしてるんだけど、強い動物とどつき合うのが趣味でね。でも、私も強くなりすぎたみたいでもう森に相手がいない。だからこうやって人里に降りて来た所で偶然強大な力を感じたんだ。そういう訳で私と戦ってくれよ」


 そういう訳でとか言われて理由を説明された所で何一つ納得出来ないし、私にメリットもありません。

 あとデレラ状態になる度にこの手のバトルオタクに気配を察知されるならば、使用タイミングとかを考えないといけません。

 けどデレラ拳に覚醒した今の私が不審者の二人を追い返すくらい訳もないはず。

「戦ったら帰ってくれますか。二人とも」

「二人とも!?」

魔女のおばさんはなぜ自分が出ていかないといけないのかって顔をしていました。

「いいぜ、追い返してみな」

 と言ってクマーさんはポケットから赤い布を取りだして拳に巻きました。

「これが私が''赤ずきん''の異名を持つ由縁だ。この布はな、はじめは白かったんだ。だが敵を倒していくうちにその返り血で赤く染まっていったのさ」

 いきなり語り出した上になんかすごく不潔そうで気持ち悪いです。本人はカッコいいとか思ってるんでしょうか。

「どうだ怖じ気づいたか」

「気持ち悪い」

「えっ」

「うん」

 それが戦闘開始の合図でした。

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