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 レンズに光を注ぐことをやめると、剣は消え、ファイアビートルも姿を消した。再び光球が現れて柔らかく彼らを包み、操縦席の高さから広場までゆっくりと下ろした。


 着地したとたんに、コーキは憔悴した顔で地べたに座り込んだ。ルカを助けられなかった落胆もあったが、そもそも長時間の連続発光は、相当な疲労をともなうのだった。ファイアビートルの戦闘には、その意味でタイムリミットがあることを、トーカは理解した。


 「だいじょうぶ?」


 トーカがコーキの様子をうかがおうと腰を曲げたとき、その尻をぺろんと撫でた者がいる。───もちろん、長老である。その顔は見る影もなく傷とあざだらけになっていた。


 脊髄反射で繰り出されたトーカの正拳突きを軽々とかわし、そのかわしたところに後に控えていた奥さんの正確無比な目つぶしを食らい、ひとしきり悶絶した後、長老はようやく姿勢を正した。腰はやや曲がっているようだが、杖も持たず後ろ手にしてしゃっきりと立っている。他の住民たちも、三々五々彼らの周りに集まってきていた。


 「ご苦労さん」長老は禿げ頭をぽりぽりかきながら、労いの言葉をかけた。「たいへんだったね。えらいもんが出てきたねぇ」


 軽口のようにみえて、目は真剣だった。長老はトーカをじろりと見つめた。


 「ルカはどうなるの?」


 トーカは答えた。


 「殺されたり、傷つけられたりすることはありません。それはお約束できます」


 「なぜそう言い切れるんだろうね?」


 「彼らをここに遣わした『隊長』が何者か、私はよく知っているからです」


 ふむ、とひとつひげをいじった後、長老は質問を変えた。


 「さっき、あんたはここから逃げろと言ったけど、逃げ先のあてはあるんだろうね?」


 「はい」


 トーカははっきりと答えた。


 「……それでよくわかった。さてはて、だから伝承だの何だのはキライだよ。わしらはひっそり暮らせればそれでよかったのに」


 長老はぐるり辺りを見渡した。視線の先には、穴ぼこだらけになった里の広場があった。みなで分配するはずだった品々は、蹴り飛ばされ踏みつぶされ、泥まみれになってあたりに散乱している。


 ひとつため息をついた後、集まってきていた里の者たちの方を向いて宣言した。


 「残念だけど、里を捨てるよ」


 里の人々がざわめいた。


 「わし死にたくないし、これ以上誰もつらい思いさせたくないからね。さぁ、急いで。甲人の新手が来ないうちに準備するんだよ」


 長老は、みなに動揺が広がらないうちに、てきぱきと指示を下していった。出発はいつで、どこに集合、誰が先頭で誰がしんがりで、食料の確保、子供の扱い、持って行くもの、捨てて行くもの、あれやこれや……。


 自分の拳を軽々よけたばかりか、突如別人の如くリーダーの素質を見せ始めた長老に、トーカは目を丸くした。……もしかして、この人ホントに長老?


 と、まだへたり込んだまま、コーキが苦々しげに独りごちた。


 「ルカを見捨てて、どこへ逃げるってんだよ!」


 長老は、コーキをこづいて答えた。


 「いつまでもくよくよするな。よかれあしかれ、おまえは己の道の第一歩を踏み出せた、そうじゃないの? だったら胸張って、前を向いとれ。ルカを助ける機会は必ず来る、そう信じておれ。───それまでに、あの子が安心して帰れる場所と、おまえの休む場所を、用意しとこうって話じゃないの」


 「……でも、いったいどこへ」


 里以外の土地を知らないコーキの疑問はもっともだった。長老はトーカをじろりと見て言った。


 「それは、あんたから答えて。あんたの立場も、そろそろ正直に全部話しておくれ。……さっきの話、あんた、一番重要なことを話しておらんだろ」


 「……隠すつもりはありませんでした。長老さんがマジメに話を聞かないから、まだるっこしいことになったんですよ!」


 トーカは、ふぅ、と大きく息をついた。いずれ話さなくてはならないことだった。なぜ彼女がここへ来たのか。なぜファイアビートルを具現化する必要があったのか。


 トーカはおもむろに口を開いた。「まずは当面の目的地を言うわ。───我々の、基地よ」


 「基地……?」


 「私は、帝国軍の圧政に対抗するために組織された、いわゆる『反乱軍』の一員なの。私たちには、光人の方々をそこに迎え入れ、けして帝国軍の手に渡さぬよう、守り抜く準備があります」


 トーカは、コーキの手を取って、立たせた。レンズのある左手を、光点のある右手にそっと触れながら───。


 「けれど、コーキ。キミには、あたしといっしょに、これからも戦って欲しい。反乱軍の一員として───ファイアビートルは、反乱軍にとって最初で最後の、そして最高の切り札なのよ」




 ───レンズ人の伝承は言う。


 光人の時代とは、光人とレンズ人との共存の時代であった。


 レンズ人は、光人に自分たちの持つ高い技術力を提供し、光人の支配を陰で支えたのである。


 レンズ人は、彼ら自身にとっても謎が多い種族だ。光人とレンズ人の出会いがどのようなものであったのか、レンズ人たちがいつ、現代ですら及ばない超高度な技術を得るに至ったのか、そもそも彼らがいつ歴史に登場したのかさえ、まるでわかっていない。


 伝承に残された最も古い叙述は、約千年前、レンズ人のレンズを光人の光が透過したとき、特殊な現象が起きることがわかり、二者が手を結んだことを示している───すなわち、ファイアビートルの登場から始まっているのだ。


 光人の光は、レンズ人のレンズの中のオブジェを具現化する。まったく物理法則に合わない、奇怪な現象。光人は、彼ら自身の光によって崇拝を受け、世を支配したのではない。大いなるファイアビートル、その圧倒的な力が、他の種族の膝を折ったのだ。


 レンズ人は、自らは表に出なかった。技術を世に役立てるのではなく、陰ながら技術を提供して光人の権威づけに貢献し、代わりに庇護を受けて高い地位を得つつ、新たな技術開発に没頭する、そんな身の振り方を選んだ。光人の支配が続いたとされる時代は、その実、光人とレンズ人との長い蜜月だった。


 その蜜月がなぜ終わったのか───少なくともトーカは、その理由を語る伝承を聞かされていない。



 レンズ人のレンズは光人の光があってこそ真価を発揮する。光人が里に隠れ住んだ時代は、レンズ人たちにとっても暗黒の時代だった。多くのレンズ人がレンズを捨て、技術と歴史の伝承だけがなされた。彼らの持つ高い技術力を小出しにして細々と生き延びながら、誇りと能力をもてあます時期が続き、そしてあるとき───レンズ人の一族は、ひとつの愚かな選択を下す。


 甲人と手を組んだのだ。甲人に技術を提供して彼らの覇業に貢献し、自分たちはその庇護を受ける───グランビートルとは、レンズ人の手によるものなのだ。


 この決断が、レンズ人の分裂を招いた。甲人の傍若無人な強権支配に歓喜する者たちと、嫌悪する者たちと。前者は今なお帝国に与し、後者は反乱軍となり帝国に叛旗を翻した。


 悲しむべきは、優秀な技術者ほど、自分たちの技術がグランビートルとして結実したことに充足を覚え、甲人支持の立場に回ったことだろう。彼らは今なお、新たな兵器を開発して甲人を支援し続けている(たとえば、ダーコが持っていたあの徹甲弾のように)。根っからの戦士がそろう甲人の戦力は言うまでもなく、優秀な戦士と高い技術を兼ね備えた帝国軍の優位を揺るがせず、これまで反乱軍は目立った行動を起こすことができなかった。しかし戦う準備は着々と進められていたのだ。


 並行して、双方が独自に、伝説の兵器ファイアビートルを動かす力となる、光人の探索を続けていた。帝国軍は、さらなる力を求めて。反乱軍は、劣勢を覆す希望の光として。その競争が、まさにこの日、反乱軍のトーカが一手先んじて決着がついたのである。だがそれは同時に、帝国軍と反乱軍の戦いの火蓋が切られたことを意味していた。


 激動の時代の、幕開けであった。

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