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 そして───。


 その日の夕暮れ、甲人だらけの奇妙な世界に、ルカは降り立っていた。いる者すべてが、まったく同じ服装を着ているのだ。妙に角張っていて、生地もごわごわしていて、着心地が悪そうだ───軍服だ。彼女は、帝国軍の居留地に連れてこられたのだ。


 「ほら、さっさとしな」


 アイセが、ルカの頭を押しやって歩かせた。


 巨大なグランビートルが何体も並んでいるのが見える。近接戦仕様に武装強化された「スタッグ」、間接戦仕様で長距離砲を搭載した「ウィービル」……そうした名称はまだわからないが、帝国にはそれぞれ異なる目的を持った様々な兵器の存在があるのだと、聡明な彼女はひとつひとつ見分けていた。


 ロングホーンに睥睨され、つかみ上げられたとき、感じるべき恐怖はすべて感じてしまっていた。まったく知らぬ土地に連れてこられたことは理解していたが、地面に足がついていればむしろ安心できた。


 それに、乱暴な態度のアイセだが、振る舞いには節度があった。ルカは、彼女に守護されていると思って安心し、信頼して指示に従って、プレハブの宿舎が並ぶ居留地内を歩き続けた。


 やがてルカは、同性である彼女に、別の意味でも守られていることを知った。


 「よう、アイセ」


 酒瓶を持った帝国兵の男が、急にふたりの前に立ちはだかった。まだ宵のうちだというのに、酒臭い息を吐きかけてくる。


 「おめぇどこ行ってた? あぁ? なんだそのちっちぇえの?」


 アイセの任務は秘密裏で、この日何があったか他の兵士たちは知らなかった。ダーコが戻らぬことにも、まだ気づいていないようだった。


 「ちっちぇえけど、女には違いねぇか。おい、酌しろよ酌」


 「断る」ルカを自分の背後に隠して、アイセは毅然と言った。


 甲人は男女の体格差が大きい。今たちはだかった男を含め、居留地にいる他の軍人は、ルカから見れば雲つくような大男ばかりだった。一方、女性は光人と大差がない。ルカは推量した───自分と比べ(悔しいかな)上下が豊かに出っ張ったその肢体からみて、アイセは自分よりもだいぶ年上だ。けれど、背丈は兄より心持ち高いくらいだった。……向かい合うふたりの、頭の位置がまるで違う。


 「おめぇに言ってねぇよ。それとも何か、代わりにおめぇがサービスしてくれんのか、えぇ?」


 男は、アイセとルカをまとめて見下し、下世話な視線を向けていた。周囲には他にも飲んだくれている兵がいたが、似たり寄ったりの視線をアイセに突き刺していた。誰も彼女を同等の存在と見ていない。


 みなひっひっひと下卑た笑いを漏らし、からむ男を諫めようとはしなかった。それどころか、もしもこの生意気な女をいたぶる顛末になろうものなら、どうおこぼれに預かろうかと舌なめずりをしていた。


 「思い上がるな。どけ」アイセは気後れすることなく男をにらみつけた。「貴様と話している暇はない。この子を隊長のもとに連れて行くまで、あたしの任務は終わらないんだ」


 「隊長命令、ねぇ」持って回った男の言い方にアイセがわずかに顔を赤らめた。男はひっひっひと笑って、アイセの顎を取った。


 「あんななまっちろいガキみてぇな野郎の言いなりなんてつまんねぇだろ? オレに任せなぁ、女のヨロコビってのをたっぷり教えて、イイ女にしてやるからよ……」


 言いながら、酒瓶の口を下に向け、アイセの頭にねっとりしたどぶろくを垂らした。


 「ほうれ、いいニオイのするいい女になっ……」


 次の瞬間、アイセの繰り出したハイキックが腰にめり込み、男は吹っ飛んだ。すると野次馬と化していた兵たちが、いっせいにげらげらと笑い出した。猫に引っかかれた愚か者を見るように───。


 アイセは、ルカの手を引いて、振り向きもせずその場を足早に去った。


 「あの、いいんですか、あんなことして?」


 「いいよ、気にしなくて。いつものこと。帝国軍には女が少ないからね」言われてルカは辺りを見回した。確かに、アイセ以外に女性が見あたらない。ちらちらと向けられる視線は、すべて好色と侮蔑に満ちていた。「甲人の男はね、戦うのは自分たちの仕事だって思ってるから、女は邪魔者なんだよ」


 「じゃあ、どうして軍人に……」


 「うちは貧乏でね。他にまともな食い扶持が思いつかなかったんだ」


 加えて、彼女が最新鋭機の操縦者となった事実は、ねたみや猜疑をひどく招いていた。飛行型のグランビートル・レディバードは、どうしても操縦者の体重が軽くなくてはならず、体の小さい女性が選ばれたのは必然だったが、それを喜ぶ者は誰もいなかったのである。


 「いつものことだから、ホント、全然平気だから」


 アイセは平然を装ってそう言ったが、時として彼女が下唇をじっと噛むことに、ルカは気づいていた。

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