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コーキが勝利を噛みしめたのは、ほんの数秒だった。
「まだ終わってねぇ! 空の奴!」
慌てて空を見上げる。そう、コーキはルカを取り戻すために戦ったのだ。肝心のルカは、まだ、上空を旋回するグランビートル・レディバードの手中にある。
「だから言わんこっちゃない!」
レディバードの操縦席で、戦いの顛末を見届けたアイセは、どうすべきか判断に迷っていた。
ダーコの言ったとおり、この場を離脱して帰還すれば任務は達成できる。それに、レディバードの武装は、標準装備の小機関銃二門だけだ。ロングホーンのアームガンが傷ひとつ負わせられなかった敵に、戦闘には不向きのレディバードが勝てる見込みはない。
しかし、ロングホーンの操縦席は無傷だ。明らかな命令違反とはいえ、味方を見捨てて逃げるは甲人軍人の名折れだと、彼女は教え込まれている。
何より、最強を誇るグランビートルが一撃で撃破されてしまう光景を、彼女は初めて見た。帝国軍にとって脅威の存在であることは明白だった。かの黒い敵を排除せねばならない、と直感が訴えた。隠密作戦が掃討戦に変わってしまっても、大部隊の救援をただちに呼ばなくては───アイセは無線に手を伸ばした。
と、その手が触れる前に、逆に無線機から彼女を呼ぶ声が流れ出た。
《首尾はどうだ?》
ノイズが混じり、ひどく聞き取りにくいが、冷徹さの混じる若い男の声だった。
「キョウ隊長!」アイセは緊張の面持ちになった。「それが……その……」
《何かあったか? 見たままを話せ》
アイセは、無線のマイクを固く握りしめて、答えた。
「……たった今、ダーコがやられました。見たこともないグランビートルに……」
《それはグランビートルじゃない、ファイアビートルだ。トーカに先を越されたか……》
「隊長は、あの漆黒の機体をご存知なのですか?!」
思いもかけぬ即答に、アイセは背筋を伸ばして驚いた。が、無線の向こうから、その質問に対する回答はなかった。
《それより、光人は確保したか?》
「……あ、はい」
《光を見たか》
アイセには、なぜその質問がなされたのかわからなかった。が、そう尋ねられて、彼女はルカがロングホーンに向けて放った輝きを思い返した。あのとき感じた胸の高鳴りがよみがえり、しかしどう説明していいかわからず、口ごもった。
「はい、……とても強くて、きれいな光でした」
《君がそう思うほどなら十分だ。目的は果たした、帰投しろ》
「しかし、あの黒い奴は……」
《二度言わせるな。戻れ》
「はい」
上官命令では、他の選択の余地はない。眼下にファイアビートルがそそり立つ姿を見ながら、アイセはレディバードの機首を居留地のある南方へと向けた。アームにルカをつかんだまま……。
「待ちやがれ!」
飛び去るレディバードを追って、ファイアビートルは跳ねた。ひと跳びで、崖上へと到達した。……だがその位置でも、レディバードの高度には届かない。
「なんかねぇのかよ、トーカ!」
「今すぐ飛び道具を出すから、翼を狙って撃ち落として!」
「撃ち落としちまったらルカがただじゃすまねぇだろ!」
「でも……ごめん、飛行できるオプションレンズは見つけていないわ。それ以外に方法はないのよ!」
言っている間にも、レディバードはさらに高度を上げ、南方へ去っていく。
「だめだ……間に合わねぇ!」
コーキはぎりぎりと歯を食いしばるが、できることは結局、妹の名を呼び、ただ手を伸ばすことだけだった。
「ちっくしょおおおおお! ルカァ!」
ファイアビートルが応えて、さらに高く高く天へ跳ねる。漆黒の腕を強く天に伸ばす。川岸でそうしたときのように、狭い世界にいらついているのではない。広場でロングホーンを目の前にしたときのように、怯えてあてどもなく伸ばしたのではない。届けたい。届くと思って、手を伸ばしている。
強い風に髪を吹き流されながら、ルカもまた戦いの顛末を見守っていた。その漆黒の機体の中に兄がいて、ロングホーンを制したことを理解していた。
「お兄ちゃぁん!」
彼女もまた、地上に向けて精一杯に手を伸ばした。
……だが、届くはずもなかった。高度差は、あまりに無情だった。
飛翔するレディバードは高度をさらに上げ、ファイアビートルのジャンプは頂点に達し、手と手の距離はみるみる開いていく。飛び去るレディバードの姿は、やがてコーキの視界から消え去った……。
「……ルカァァァァ!」
コーキの叫びは、むなしく里の空に響き渡った。
一方で。
ロングホーンの腹部操縦席のハッチがごとりと開いた。
ふらふらになり、ぶつぶつとつぶやきながら、這い出すダーコ。
「そんなバカな……バカな……俺は宝の山を見つけたんだ、そうだ光人を売り飛ばして、大金を手にするはずだったんだ」
そんなダーコの周りを人陰が取り囲んだ。てんでに、石や、棒っ切れや、刃物を持っている。たった今、広場で襲われ、恐怖に駆られ悲鳴を挙げて逃げ惑い、あまつさえ子供を奪われかけた、女たちだった。
「ハ、ハ……そうだ、おまえらみたいな弱ぇ奴らは、俺たち甲人の奴隷になってりゃいいんだ……」
彼女らの前で、力なくも下卑た笑いを見せたダーコ───その後、彼の姿を見た者は誰もいない。
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