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一方、コーキは、着弾の激しい衝撃を受けて、一瞬目の焦点が合わなくなったものの、首を何度か振ってすぐに立ち直った。
「こンなくそぉーーーっ!」
体を起こして腕を伸ばす。ロングホーンの腕をつかむ。力を入れて引き倒し、自分はその勢いで立ち上がった。体を返して今度は自分が馬乗りになった。二つの巨体が、鋼鉄のこすれ合う不快な音を立てながら、しかしまるで猫がじゃれるように軽々と、上下を入れ替わる。
ロングホーンの肩を、起き上がれないように押さえ込む。意図を察したトーカが、すかさず無線のチャンネルを合わせた。
「てめぇ、ルカをどうする気だ!」
コーキが怒鳴ると、ダーコの野卑な声が無線を通して返ってきた。
《ああん? あのガキか? 知らねぇよ。ウチとこの隊長様がご所望なのさね。何のつもりか知らねぇけど、連れ帰るのはひとりでいいってさぁ》
「隊長?! そいつが黒幕か?! そいつぁどこにいる!」コーキが問い質す陰で、トーカはその言葉を聞いて眉根をひそめていた。
ダーコの返事はこうだった。
《ルっセェな……これから奴隷になる連中が、ご主人様にエラっそーな口叩いてんじゃねぇ!》
罵倒とともに、ダーコは、ロングホーンの多関節マニピュレータを展開させた。
馬乗りでは押さえ込んだことにならなかったのだ。グランビートル・ロングホーンには、四肢以外に頭部から伸びる多関節マニピュレータがある。見た目は細いので侮られがちだが、このマニピュレータは、腕と同じだけの腕力と強度、そして腕以上の長さと可動性を備えている。
言い換えれば、ロングホーンは四本腕で戦える。帝国軍内ではグランビートル同士の擬闘がよく行なわれるが、格闘戦ではロングホーンに一日の長があった。
マニピュレータがファイアビートルの顎部をかち上げ、押さえ込む腕の力が緩んだところで、再び至近距離から砲弾を撃ち込む。のけぞって腰を上げたファイアビートルの下から、ロングホーンはあっさりと抜け出した。
その状態から再び、ロングホーンはファイアビートルに体当たりをぶちかました。まともに食らったファイアビートルが吹っ飛んだ先は、ちょうど広場東の崖下だった。すかさず追ってきたロングホーンが今度は逆に、その多関節マニピュレータでファイアビートルの二の腕の位置をつかみ、立ったままの姿勢で崖に押しつけて動きを封じた。
「くそっ……」じたばたあがいてみたが、操縦するコーキにも何かにつかまれたような感覚が伝わってきて、思うように動かせなかった。腕は肘から下しか動かない。脚を蹴り上げてみても、マニピュレータの方が長く、ロングホーンにはまるで届かない。
一方でダーコは勝利を確信し、ほくそ笑んでいた。
「てめぇのソレにゃあ、銃砲の装備がねぇようだな。マニピュレータもなきゃ、武器をしまっとく虫篭もねぇ。どんだけ頑丈か知らねぇが、丸腰でロングホーンに勝とうなんざ千年早ぇぜ……!」
ダーコはアームガンの弾倉を開き、中にある弾丸をすべて排出した。そして、背後に左腕を回すと、バックパックから予備の弾丸を引っ張り出し、手馴れた動作で装填する。
「ちょうどコイツが邪魔だったんだよ、虫籠に奴隷どもを詰め込むにはよぉ!」
予備といっても色と形状が微妙に異なる、先がやけに尖った弾丸だった。
「『開発者連中』が自信満々だった代物だ。これで貫通しない装甲はこの世に存在しないってな……」
トーカが青ざめた。
「まずい……あの弾丸の材質の硬度は、おそらくこっちの装甲と同じかそれ以上。至近距離で食らったらさすがにヤバそうよ……」
弾丸を換装してダーコはアームガンを構えた。ぎらり鈍く輝く銃口が、ファイアビートルに突きつけられる。発射されたら一巻の終わりだ……。
「泣きな! 喚きな! さもなきゃお祈りか? 死ぬ前になんか聞かせてくれよ、なぁ! フヒィヒャハハハハ!」
勝利を目前にして、威丈高に迫り、サディスティックなどす黒い欲望をさらけ出すダーコ。顔をおぞましく歪め、弱者をなぶる快感に酔いしれていた。
「喜べガキ! てめぇの大事なナントカいうチビッコも、どうせすぐにボロ雑巾になってあの世に行くんだからよ! 冥土で仲良くするんだな! ヒィッヒィッヒィッ!」
コーキはギリギリと歯を食いしばりながらあがき続けた。「ちくしょォ、なんとかなんねぇのかよ!」円盤を叩いたり鞍を蹴ったりしてみたが、マニピュレータに抑え込まれた機体はどうしても思うように動かなかった。
───しかしコーキたちにとって、ここで得られた時間は幸運だった。甲人軍人は、敵を完全に制するまでは決して攻撃の手をゆるめないように鍛えられる。本来ならば、徹甲弾は換装した瞬間に発射され、ふたりは今頃死体であったはずなのだ。それすら忘れ去るほどに、ダーコは自らの優位に慢心していた。
その間に───「ちょっと待って」トーカは、ズボンのポケットを探っていた。
すぐに彼女は、一枚のレンズを取り出した。手に埋め込まれているものと、大きさは同じくらいの、別のレンズ。
そういえば、と、コーキは思い出した。彼女の荷物はやたら重くて、中から硬いものがぶつかる音がしたっけ。もしかして、彼女は他にもレンズをたくさん持っている……?
「なぁ、それって……」
「オプション・レンズよ」トーカはにやりと笑った。「これが、いちばんキミに合うと思う」
左手を強く広げた。親指から人差し指が形づくるなだらかな曲線に、右手に持ったレンズを叩きつけるように当てる。
「スロット・イン!」
すると、レンズは溶けるようにその場から消え……同時に、彼女の左手のレンズが、かしゃりと音を立てた。手の中で二枚のレンズが重なったようだった。
続けて、トーカは左手を差し上げた。手を挙げた位置が、ちょうど、コーキが手を差し入れている光球の位置に重なる。ふたりは、光球の中で再び手を合わせた。
「光を!」
コーキは、言われるままに光を注ぎ込んだ。自分の光で圧力をかけ、何かを押し出す感覚───するとどうだ、機体の外、ファイアビートルとロングホーンの間の中空で、ファイアビートルが現れたときと同じように、光の球が生まれたではないか。
光球の中には、巨大な剣が映し出されていた。剣というよりは、平たい棍棒と表現した方がよいかもしれない、無骨で飾りのない、幅広の両刃の剣だった。鈍重そうな見た目によらず、刃は輝くほどに研ぎ澄まされていた。
その光球は、押さえ込まれた現状でも、どうにかファイアビートルの右手が触れられる位置にあった。
「こいつは……」
「『ファイアソード』。おあつらえ向きでしょ?」トーカが微笑んだ。「───あとは任せるわ。キミは絶対勝てる、思い切りやっちゃって!」
「あぁ!」
触れると、光球はシャボン玉が弾けるように消え、剣は自然にファイアビートルの手の中に収まった。
柄を握り締めると、ずっしりと確かな重みが伝わってきた。その重みが自信に変わる。剣術ならずっとやってきた。師範代にもなった。田舎の小さな道場レベルに過ぎない、根拠のない自信だったが、十分だった。
行き場のない怒り、つたない葛藤の果ての覚悟、闇雲に絞り出す勇気、子供のケンカ並みの闘争心、根拠のない自信。すべてひっくるめて、コーキは、腕に力を込め、光点に光を満たし、そして腹の底から声を絞り出した。
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!」
すると───ファイアソードの刃全体が、まるで燃え立つがごとく、灼熱の光を放ち始めた!
「な……どこから出しやがった!」ダーコは目をむいた。哀れな敗者には、もう抵抗する手段などないと思い込んでいた。あわててアームガンのトリガに指をかける、その間もあらばこそ。
手首を返しただけで、灼熱の光をまとったファイアソードは、腕を押さえていたマニピュレータを、濡らしたこよりをちぎるよりもたやすく断ち切った。自由になった右腕を振り上げ、左肩を押さえるマニピュレータも斬り捨てる。形勢はたちまち逆転した。
「なん……だとぅっ……!」
ファイアビートルの突然の出現すら、理由を想像もしなかったダーコには、何が起きたか理解できなかった。混乱したまま、アームガンを立て続けにぶっぱなした。……速射がたたり、弾丸がジャムを起こして使い物にならなくなるまで。
コーキは冴えていた。その動きを見切り、剣の平を盾にして受け止めた。徹甲弾はファイアソードを貫通できず、それどころか、めりこんだ後どろりと溶けて地面に落ちてしまった。
銃弾が効かない、マニピュレータももうない、丸腰だと思っていた相手が今は、見ただけで身震いするほどの強力な武器を持って迫りくる、───棒立ちのロングホーンが、その場に残された。
───ああ、それはダーコにかすかに残った甲人の美学だったろうか。彼はこんなとき、助けて、と叫ぶことを知らなかった。赦して、とひざまずくことを知らなかった。ほんの数分、数十秒前と比べ、あまりに変わり果てた自分を語る言葉を知らなかった。
「そ……そんなバカな───」
コーキはためらわなかった。今こそ決めるときだ。ファイアビートルは腰を落とし、思い切り背をそらした。このとき、コーキの気合いに呼応してか、背部が数カ所魚のえらのように開き、白い炎を噴き出した。その噴出による推進力が超高速のダッシュを生む。
右腕を鋭く前に突き出すと同時に、巨体が稲妻のごとき速さで地を滑る。勢いを相乗したすさまじい威力の突きが、ただ一点を狙って繰り出された。
必 殺 「雷 炎 雀 蜂」!!
光人剣術とファイアビートルの機動性能が結びついて生まれた、破天荒の一撃であった。炎をまとう剣は、ロングホーンの胸部装甲を背後の光エンジンまで一筋に貫いた。
白い光がぱぁっとほとばしり。
「そんなバカなァァッ!」ダーコの絶叫が響き渡り。
ズガァァァァァァァンッ!
大音響とともに、光エンジンが爆発した。
崩れ落ちるように膝をついて、それっきり、ロングホーンは完全に沈黙したのだった。
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