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 ルカの光点が再び強く輝いた。かつては神と崇められていたはずの光人の光が、畏れを知らぬ無機質で巨大な存在によって戒めを受け自由を蹂躙されるさまは、コーキに限らず、光人にとって、本能的に絶望を呼び起こされる光景だった。


 多くの者が、膝を折ったまま、絶望にうちひしがれた。祈りという、無力な行為にすがるしかなかった。里の住人の多くが広場に集まってきたが、誰もロングホーンに近寄れなかった。恐怖と絶望にへたりこむ者たちを、広場の外に導き、連れ出すのがやっとだった。


 「なんだなんだ? ワラワラ湧いてきやがって!」


 ダーコはアームガンをぶっぱなした。狙いをろくにつけておらず、誰にも当たりはしなかったが、里中に轟き渡った砲声、灼熱の凶器と化して地面を勢いよく転がった空薬莢、大量の土砂を巻き上げて地面に突き刺さった弾丸、いずれも、光人たちから戦意を根こそぎ奪うに足る威嚇だった。


 「ルカァ!」コーキは、再び妹の名を呼んだが、今度は、まだ里に残る銃声のこだまと、渦巻く悲嘆の声にかき消された。……だめだあんなのにかなうわけねぇ、もうおしまいだ、あきらめるしかない……。


 助けに行きたかった。しかし、どうすればいいかわからなかった。広場中を覆ったネガティブな感情は、どうしようもなく臆病風を呼び起こし、足がただただその場に根を張った。動けぬまま、コーキはぎりぎりと歯噛みした。さっきまで昂ぶって激しく放たれていたはずの右手の光が、見る影もなく治まり、微かな揺らめきに変わってしまっていた。


 グランビートルの脅威に対し、ろくな武器もなく、実戦の経験すらない光人に、いったいどんな抵抗ができよう? 戦う手段がどこにあろう?




 「───あるわよ」


 コーキのすぐ隣に、レンズ人のトーカが立っていた。


 その左手で、コーキの右手をそっと握った。


 「え?」


 レンズさえもうっすらと暖かい感触に、恐怖感が吹き飛んだ。驚いて首を振り向けると、つんと立った鼻の横顔がそこにあった。顔が、上気していた。


 「あのグランビートルと戦うすべが、戦う力が、キミにはある。あたしのファイアビートルは無敵の兵器。キミの光なら、具現させられる」


 「けど、」


 「まさかあきらめるつもり? 逃げ出すつもり? ルカちゃんを助けたいんでしょう? あたしだって、このまま黙って見てるなんてまっぴら」


 トーカは恐怖していなかった。あぁ、これはほんとうにときが来たのだと感じていた。握る手に、力がこもる。コーキの心臓が、どくんと撥ねた。


 「なんか……面白がってねぇか? あんた」


 「かもね。だったら、どうするの? あたしを拒んで、そこで突っ立ったまんま?」


 トーカはじっとコーキを見据えて言った。


 「キミだって、心のどこかで望んでいたんじゃないの? いつかこんな日が来ることを。自分の狭い世界を破壊してくれるような、そんな何かが都合良く現れてくれる日を」


 「……」


 「あたしとキミは似た者同士よ。ただ、あたしの方が少し早かっただけ」


 トーカが手を少し上げると、肩と、握った手と手と、肩。真一文字になった。指と指を、絡め合う。


 「さあ、キミの光を、ちょうだい」トーカが言った。


 ───それが、本当に最良の選択なのか、コーキにはよくわからなかった。けれど、ルカを救うには、そうするしかないのだと思い定めた。


 本心は、燃え盛っていた。トーカの言ったとおりなのだ。ずっと里の外に出たかった。平凡な日常から抜け出したかった。


 けれど今までは、何をすればいいかわからずにいた。そして、心のどこかで甘えていた。平凡から抜け出すための何かは、思ったとおりに、思ったかたちで、目の前に転がってきてくれるのではないか、と。そんなことはありえないのだ。まったく望まぬかたちでやってくるものなのだ。望まぬチャンスに恐れをなしてためらえば、自分はどこまでも閉ざされた世界の中だ。


 今、このときに、つかみ取るしかないのだ。


 コーキはごくりと唾を飲み込んだ。


 しっかりとトーカの手を握り返した。右手の光点が、トーカの左手のレンズに、ぴったりとくっつくように。そしてつなぎ合わされた手を、高く差し上げる。


 「レンズごと、キミの光の力で押し出すように!」


 意識を集中すると、コーキの光が、トーカのレンズを貫いて透過した。




 ───誰の目にも、信じがたいことが起きた。


 普通なら、レンズの中を透った光は、壁に当たるなどして輪を描くはずだ。しかしその光は、今は真昼なのに、まるで闇夜を照らす灯台の明かりのようにはっきりと光路を作り、さらには中空に巨大な薄紅色の光の球を描き出した。


 家でトーカのレンズを見たとき、豆粒のような小さな「何か」があったことを思い出す。その「何か」が、光の球の内部に拡大して映し出された。


 それは───頭・胴・二本の腕・二本の足、人体を模して作られた、しかし人体の数倍の背丈を持つ、黒光りする金属の体躯だった。


 グランビートル? いや、寸胴のグランビートルと比べはるかに細身で、人間にたとえれば、均整が取れた体つきだ。また、鉄板を曲げ、溶接しただけの装甲を貼り付け、ごつごつと角張ってみえるグランビートルとは根本的に造りが違う。古代の鎧武者に、立ち上る炎をまとわせたがごとき滑らかな曲線が重なり合うフォルムは、気品が漂い、芸術的ですらあった。だが、芸術的手法、たとえば彫金でこれほど巨大なものを作るとしたら、いったいどれほどの材料と年月が必要だろうか。人の手になるものとは、とても思えなかった。


 「すごい、なんて大きい……」トーカがその威容を見上げてうなった。「これが、ファイアビートル……ずっと外に出たがってた、あたしのレンズの力」


 「ファイアビートル……これが……」コーキもひとときほうけてその巨体を見上げた。「最新のグランビートル……なのか?」


 「違うわ。グランビートルなんて劣悪なコピーと一緒にしないで───ファイアビートルこそが、真正なるレンズ人の技術の結晶!」


 嬉々として叫ぶトーカに、起きていることがまだ何も受け入れられぬコーキは、目を丸くしたまま尋ねた。


 「おまえだって初めて見たんだろ? 何でわかんだよ!」


 だがトーカには、もはや何もかもが喜びであるかのようだった。


 「わかるのよ! 初めて見るのに───全部わかる! 何か、頭の中に流れ込んでくる! だいじょうぶ、あたしを信じて! でも、覚悟して! 世界が───世界が変わるときが来たの!」


 トーカは、光の球に向かって駆け出した。手をつないだままで、コーキも引っ張られながら後を追った。手の位置と向きが変わり、光路が失われたのに、光の球は消えぬままそこにある。


 ふたりは揃って光の球の中に飛び込んだ───次の瞬間、ふたりの姿はその場から消え、……ファイアビートルの操縦席に瞬間移動した・・・・・・

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