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 昼前には、集会所を兼ねる長老宅の板間に、里の主だった者が集められ、トーカを車座で取り囲んでいた。話をつけた手前、コーキもそこに加わることを許された。


 おおむね表情は重かった。長老の妻が茶を入れて配る間、誰も大きな声では発言せず、うなったり、隣とひそひそ話をしたりしていた。といっても、突如現れた、幼い容貌の闖入者をどう処すべきか困惑しているだけで、彼女が伝えた里の危機という言葉は、誰もがマユツバで受け止めていた。


 「レンズ人のトーカと申します」


 トーカは、背筋をぴんと伸ばして座した姿勢から、上座の長老に深く頭を下げ、丁寧に言った───彼女は、ラフなときと丁寧なときとで、言葉遣いをがらりと使い分けることができた。本人に言わせると、それは「お姫さまだから」らしい。


 それから彼女は、手袋を取ってレンズをさらして見せた。


 長老の反応はコーキとおおかた同じだった。ほぼ禿げ上がった頭をかいぐりかいぐり、長い白髭をいじくりいじくり、ほうけた顔でしげしげ彼女のレンズを見つめていたが、やがて大きく首をひねった。興味が湧かぬ様子だった。


 「……で? 何なの、それ?」


 トーカは落胆して肩を落とした。


 「……長老さん……です、よね? 里で一番偉くて賢明で物知りな」


 「いかにも!」長老はえっへんと胸を張った。


 「それでもそういう反応かぁ……」


 トーカは、ふーむとうなり、眉間にしわを寄せてムツカシイ顔をした。ぞんざいに足を崩し、あぐらをかいて、膝に頬杖をつくじじくさいしぐさで悩み始めた。


 「とすると、こちらでは伝承が完全に途絶えたんですね?」


 「伝承、というと?」


 「かつて光人が世を支配していた時代。レンズ人が常に光人の傍らにあり、高度な技術でその支配を支えていた時代の話を、現在の光人の方々はご存じない、と」


 「さあてなぁ……知らんなぁ……」


 首をひねる長老。それと同じように、集まった里の人々は一様に困った顔をした。実際、里では、光人の過去の栄光は途方もない昔話で、ぼんやりとしか伝わっていなかった。語り継ぐ歴史だとは、誰も受け取めていなかった。───そう、誰も。


 「わしが子供の頃、ばあちゃんがそんな話をよくしてくれたような気もするが……つまらんかったから、わし覚えたフリだけしてぜーんぶ忘れたった!」


 「あんたで途絶えたんかいっっ!」


 思い切りツッコんだトーカに、長老は耳クソをほじってふっと吹き飛ばしながら答えた。


 「ま、伝える価値を微塵も感じなかったから忘れてしまったんだろうよ。こんなつましい暮らしの今の我々に、腹の足しにならん過去の栄華がどれほどのものかね」


 「……それは正論ですね」


 トーカは腕を組んだ。何も知らない彼らに、さて何から話したものか。


 「そんなことよりさぁ」


 長老は、ズ、と茶をすすり、がらがらうがいをして、ごっくんとそのまま飲み込んだ。それから、えらく鼻の下を伸ばして、言った。


 「せっかく里の外からカワイイ子来てくれたんだから、わし、もっとタノシー話、したいなァ」


 「……あの、誉めていただけるのは嬉しいですが、……里に危機が迫ってるって話、伝わってます?」


 「パンツ何色?」


 「───何でこの人が長老やってるんスか?!?!」


 ブチキレて叫ぶトーカ。しかし、まぁこの人はいつもこうだからしかたないんだよと、平然としている周囲の一同の危機感のなさにも、怒りで拳をふるふると震わせるしかなく───トーカは、どん! と足を踏みならして立ち上がり、まくしたてた。


 「ともかく! 単刀直入に言うと! この里はいま、甲人に狙われているんです! 今すぐここを捨てて逃げないと、危険なんです!」


 甲人の名が出ると、さすがに、トーカを囲む輪に動揺が走った。多くの者が、抑えきれず体から色とりどりの光を発し始めた。


 ここにいる里の有力者たちは、交易隊として里の外に出たことがある。往来を我がもののように闊歩し、他の種族を見下し、気に入らなければすぐ暴力に訴える甲人の姿も見たことがあった。誰もが甲人を恐れ、彼らへの隷属が、最も恐ろしく屈辱的な未来だと知っていた。


 「なんでまた、そんなおおごとになってんの?」しかし長老は、よくいえば冷静、悪くいえば無関心、つまらぬ話題だとでもいうように、唇の端をひん曲げながら尋ねた。


 トーカは再び、どん、とあぐらをかいて座り込んだ。一言一句、噛んで含めるように、言葉を選びながら、長老の質問に答えた。


 「伝承が残っていないのならばご存じないでしょうが、光人の光とレンズ人のレンズが合わさると、強大な武力の源になりうるのです。甲人たちはグランビートルに飽きたらず、その力───ファイアビートルをも、手中にせんと欲しています」


 末席のコーキはこの場では弱い立場で、ただ黙って話を聞いていた。長老のすけべ発言でもめるのは里の会議ではいつものことで、彼はトーカと同様、さっぱり進まぬ話にいらついていた。


 だが話がここに至り、彼は正座する膝に置いた右手が光り出したことに気づいた。じっとりと汗をかいている。その光は、周囲の大人たちが感じている、来るべき屈辱への恐怖によるものではなかった。ファイアビートルという、先ほどトーカが教えてくれた単語を再び耳にして、熱い胸の高鳴りが生まれるのを感じたのだ。


 「史上最強、絶対無敵の超兵器、光機甲ファイアビートル。それを具現できるのは、光人だけなのです。もしもファイアビートルが帝国軍の麾下に加わろうものなら───この世は、帝国の圧政が永遠に続く、暗黒の時代を迎えることになるでしょう」

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