-4-

 翌朝。


 少女は目覚めるなり、あきれはてたテンションであった。


 「いやーどもっス。助かりましたー!」


 どすんとあぐらをかいて座り、朝食の膳に向かうやいなや、無遠慮にガツガツと飯を食らった。菜漬けをわしわしとほおばり、ずるずると汁をすすり、三杯お代わりをした。


 「いやもうここんとこロクな飯食ってなくって。ぷはぁうンめぇー、五臓六腑にしみるぅ~!」


 四杯目を求めて茶碗を持った左手が突き出される。その手には、食事中だのに、やはり指出し手袋がはめられていた。茶碗を受け取ったルカは、その勢いに目を白黒させながらおひつの飯をよそった。


 さもありなん、とコーキは思った。彼女は北の山岳地帯から川を下ってきた。つまり、山向こうの土地から雪の残る山脈を越え、丸木舟を自力で作り、危険な川下りを敢行した。それらに必要な能力をすべて有していることになる。


 「あのまま流れてったら、落っこちてたかも知れないのよねぇー?」


 ひょうひょうと言う。口調が、この異郷にもうすっかりなじんだかのようになれなれしい。女だてらに、これは並の肝っ玉ではない。


 かといって敵意もまるで見当たらぬ。いざというときには、と、コーキは朝からずっと木刀を握っているが、すっかり手持ちぶさたで、手の中でくるくると回すばかりだ。



 とはいえ、よそ者はよそ者。どうしたものか。「あんた……誰だ? どこから来た?」コーキは首をひねり、言葉を探ってみたが、あからさまな言葉しか思いつかなかった。「この里はよそ者が入っちゃいけないんだ。あんた、下手したら殺されるぞ」


 殺すという不穏な言葉に少女は驚きもしなかった。しばし視線をさまよわせ、箸をくるくると宙に舞わせた。「ん~、まぁ、そーゆー反応もアリかなぁ」


 やがて彼女は箸をぴたりと止め、ぴ、と箸の先でコーキを指して言った。


 「ひとぅつはっきりさせておきたいことがあんだけど、先にあたしから質問してもいいかな?」答えを待たずに彼女は質問を繰り出した。まるで菜漬けの味つけの秘訣でも問うかのように、あっさりと。「あんたら光人でしょ? ここ、光人の里でOK?」


 一瞬ほうけたが───すぐに厳しい顔になり、手袋で隠した右手を押さえた。


 「なんで知って───」ルカは飯を盛った茶碗を取り落とした。胸元から一瞬光が漏れた。彼女でさえ、動揺を抑えられなかった。


 ここは隠れ里だ。たとえ里に入りえたとしても、その住人が光人だとなぜわかる?

 ───ルカが取り落とした茶碗を、少女はさっと受け止めていた。兄妹の放った輝きは、彼女の期待した答えそのものだった。実に満足気に、茶碗に菜漬けを乗せ、汁をかけ、ずるずるとすすった。


 「ぷはぁ! ご馳走さんでした!」


 ぱん、と膳に向かい手を合わせる。……コーキは動揺を隠せないまま尋ねた。


 「あんた何者だ───光人なのか?」


 「ううん、違う。あたしは、鏡玉人レンズびとのトーカ」


 「れんず……びと?」


 トーカと名乗った少女は、今まではめていた左手の手袋をおもむろにはずし、てのひらを開いてみせた。



 コーキとルカは目を見張った。てのひらの中央、自分の手なら幾筋も皺が寄っている部分に、何か違和感がある。


 はじめは色が違うだけに見えた。が、なぜ色が違うかに気づいて、ふたりはわけがわからなくなった。彼女のてのひらに、氷のように透き通る何かがあり、それを透して塗り壁の色が見えているのだ。


 わかるのは色だけで、漆喰の塗り目はわからなかった───屈折によって歪んで見えているのだとは、ガラス窓さえ知らない兄妹に、理解できるはずもない。


 「なんだコレ……」


 「これはレンズ。これを体に埋め込めるのが、レンズ人の特性」


 コーキは目を細めた。そのレンズという透き通る物体の中央に、さらに『何か』が入っているのを認めたからだ。


 「気づいた? コレ、何か知ってる?」


 「いいや───」


 「豆粒にしか見えないだろうけど、これがあたしのレンズの秘められし力、『ファイアビートル Type-G』。これを秘めたレンズを持つ者は限られていて、レンズ人でも高貴な一族のほんの一握りにしか扱えない───」


 そこまで言って、トーカは急に胸を突き出すようなポーズを取り、しなを作って見せた。


 「こう見えてあたし、すんごいお姫さまなんだゾ☆ 驚いた? 驚いた?」


 「……いや、なんか全然現実感がない」コーキはレンズのことを言ったつもりだったが、トーカは落胆し憮然となった。


 「あ、そう───なーんか予想してた反応と違うなぁ……」


 どうもこう、くるくると態度と表情が変わるのも、彼女がレンズ人だからなのか、それとも里の外の女の子というのはみなこうなのか。レンズのことも、彼女自身のことも、コーキにはつかみかねた。


 トーカは、何度か頭をかいた後、気を取り直してぱっと顔を上げた。


 「ともかく、あんな無謀な方法でここまで来たのは、レンズ人から光人に、どうしても伝えたいことがあるからなのよ。詳しい話をしたいんだけど、できたらこの里でいちばん偉い人にワタリつけてくんないかな?」少し声を潜め、真剣なまなざしに変わる。「あなたがたに危機が迫っています。急いで」

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