いっしょにハンバーグをつくろう - 第209話

 男女の仲って、気恥ずかしいものだな。


 ふたりでいるのはすごく楽しい。けど、いちゃいちゃしているところを友人に見られたら、やはり恥ずかしくて逃げ帰りたくなってしまうかもしれない。


 コンビニを出て上月と並んで通学路を歩く。片道二車線の道路は交通量が多くて、白のセダンや大型のトラックが絶え間なく行き来している。


「学校から徒歩で帰るのって初めてかも」

「そうだな」


 となりで声を弾ませる上月に相づちを打つ。


 学校があるのは早月駅の近くであり、俺と上月の住むマンションは黎苑寺駅の前に建っている。学校から徒歩で帰ったら三十分くらいかかるので、うちのマンションから徒歩で学校へ通うやつはまずいない。


 普段は電車で通学しているけど、電車の中で友達やうちの生徒に見つかる可能性が極めて高い。だからふたりで帰るときは、歩いて帰ってみようと提案したのだ。


 上月もうちの生徒に見つかるリスクを熟知しているから、この提案をふたつ返事で受け入れた。


「電車の中だとだれがいるかわかんないもんね」

「そうなんだよな」

「時間を遅らせれば、友達に見つかる可能性は下がるかもしれないけど、それでもやっぱり危険だよね」


 その通りだ。いつどこでだれに見られているかわからないから、リスクはできるだけ避けておきたい。


 上月が両手を組んで、前にぐっと伸びをする。


「でもさ、ゆっくり歩いて帰るのもいいじゃない。近くに歩いている人もいないから、変に気を遣う必要ないし」


 家まで歩いて帰ることを嫌がるかなと思っていたけど、上月はまるで気にしていないようだった。むしろ楽しそうにスキップしそうだし。


 いっしょに歩いて帰るのは、いい提案だったかな。


「いっしょに散歩してるのかなって思えば、歩くの楽しいし」

「そうだな。雨とか降ってたら、ちょっときついかもしれないけど」

「雨の日は、ちょっときついね」


 雨の日は無理しないで電車で帰るようにしよう。


 コンビニから歩いて五分くらいが経った。学校からだいぶ離れて、歩行者も近くにいない。


 頃合いを見計らって俺は上月の左手をつかんだ。


 上月は驚いたのか、襟足の髪を少しふるわせる。そして俺の右手をにぎり返してくれた。


 上月が身を寄せて、俺の二の腕に頭をつける。


 こんな、もろに付き合ってますっていう姿をだれかに見られたら、死ぬほど恥ずかしい。けれど、どきどきする感じが恋人の実感を与えてくれて、妙に心地いい。


 上月は顔を赤くして口を閉ざしている。外で手をつないで歩くのって、やっぱり恥ずかしいよな。


 俺たちの前を歩いている男女の高校生がいた。


「優子ちゃーん。二の腕やわらかーいっ」

「もう、歩きながらやめてよー」


 ふたりはうちの高校の制服を着ている。ふたりも俺たちみたいにくっついて、歩きながらさかんにいちゃいちゃしている。


 緊張感がさらに高まる。彼らの歩く早さは俺たちより遅いから、このままだと彼らを抜いてしまう。抜いたら彼らに見られてしまう。


 どうするっ? 歩調を彼らに合わせるか。それとも上月と手を離して彼らを追い抜くか。


 彼らはいちゃいちゃしながら歩いているから、歩調を落とすのはかなり厳しい。裏道を選ぶ手段も考えられるが、あのふたりの存在だけで弱腰になるのはいかがなものか。


 ええい、そのまま突っ切れ! 俺は上月の手を強くつかんで、彼らを脇から追い抜いた。


「でさあ、真人まさとのやつが、この前彼女にふられてさあ」

「真人くんふられちゃったんだあ」


 そっと後ろを振り返ったが、ふたりは俺たちの存在に目も止めていないようだった。彼女にふられた友達の話題で盛り上がっている。


 ふたりの顔も俺は見たことがない。おそらく上級生だろう。


 上月が俺の手をくいっと引っ張った。


「ねえ。さっき手を離そうとしたでしょ」

「してねえよ。お前――いや、ま、麻友だって」

「ああっ、お前って言ったっ!」


 上月が手を離して両手で俺の腹をくすぐってきた。罰でくすぐるのはやめろっ!


「す、すまん! だから、やめ――」

「どうしようかなあ。さっきのお菓子代、やっぱり全部請求しちゃおうかなあっ」


 上月がさらに面白がって腹をくすぐるので、俺もすかさずやり返した。


 上月を名前で呼ぶ癖がついていないから、気を抜くとすぐにボロが出るなあ。


「今日のごはんは何が食べたい?」


 上月が手をつなぎ直して言った。


「今日か? そうだなあ。なら、ハンバーグがいいかな」


 上月の手料理のナンバーワンと言えば、なんと言ってもハンバーグだっ。だから俺は毎日でもハンバーグが食べたいのだ。


 上月が少し呆れた感じで、


「あなたって本当にハンバーグが好きよね。聞くといつもハンバーグって言うし」

「いいだろ。ハンバーグが一番好きなんだから」


 食の好みについては、いくら呆れられようが変えるつもりはないっ。俺が胸を張って返答すると、上月がくすりと笑った。


「わかった。じゃあ、今日はハンバーグね」


 よっしゃあ! 今晩のごはんは上月の手づくりハンバーグだぜっ。俺は心の中で小躍りした。


「このままスーパーに行くか? それとも一旦マンションへ帰るか?」

「うーんと、あたしはどっちでもいいけど。透矢は?」

「俺もどっちでもいいな」

「じゃあ、このままスーパーに行っちゃおっか」


 上月が声を弾ませた。



  * * *



 スーパーでひき肉や野菜などの食材を買ってマンションへ帰宅した。


 学校からスーパーまでのんびり歩いて、スーパーでもお菓子や調味料のコーナーでのんびり話してたから、帰宅した頃には夜の六時を過ぎていた。


「あ、もうこんな時間。急いで用意しなきゃ」


 上月がキッチンの棚からエプロンを取り出して身体へ巻きつける。俺の家まで直行したから制服姿のままだ。


「そんなに急がなくてもいいんじゃないか? っていうか、着替えないと制服が汚れるぞ」

「だめよ。着替えに帰ったら夕食の時間が遅くなっちゃうっ」


 夕食の時間なんていくら遅くなっても俺はかまわないけど、上月の厚意を酌もう。


 俺は料理ができないから、上月に夕食をつくってもらっている最中は何もすることがない。だから料理が終わるまでテレビを観たりパソコンを触ったりして待っている。


 しかし急いで調理する上月を尻目にテレビなんて観ていてもいいのか。料理ができないと言っても、火や包丁を使わない作業だったらできるんじゃないか。


 そうだ。俺でもできることは何かあるはずだ。俺はキッチンへ向かった。


「俺も何か手伝うよ」


 すると上月は包丁を持つ手を止めて、きょとんとした。


「えっ、いいよ。だって危ないし」

「火とか包丁を使わなければだいじょうぶだろ。だから、俺も手伝うよ」


 上月は戸惑いながら俺を見上げていた。「ええと」とぼやいてキッチンのまわりを見回す。


 まな板に置いてあったレタスを取り出して、俺に差し出した。


「じゃあレタスの葉っぱを剥いて」

「おうっ」


 レタスは四分の一のサイズにすでにカットされている。葉っぱを剥けということは、芯からちぎればいいんだな。


「外の葉っぱは捨ててね。あと食べられるサイズにちぎっておいてね」

「了解っ」


 レタスの葉をちぎるだけだと思っていたが、なかなか難しい作業だ。外側の葉は食べず、食べる葉っぱもそのままのサイズじゃいけないのか。


 どのくらいのサイズにしないといけないのかわからないが、適当に二、三回ちぎっておこう。


 上月がキッチンの下の棚からステンレス製のざるを取り出した。


「ちぎったら、この笊に入れて流水して」

「流水? 水に流すのか?」

「うん。だって洗わないと汚いでしょ」


 言われてみればそうだ。何も言われなければ、俺はそのままレタスの葉っぱを食べていたかもしれない。


「透矢の手つき、なんかすごく危なっかしいっ」

「しょ、しょうがねえだろっ。慣れてねえんだからっ」


 上月がボウルに入った挽き肉を捏ねながら笑った。


「じゃあ次は、いっしょにハンバーグをつくろう」


 いよいよ主菜のハンバーグづくりだな。上月がボウルに入っている挽き肉から少し取り出して、両手で小判の形にする。


「こうやって両手の手のひらを行ったり来たりさせて、中の空気を抜くんだよ」


 言いながら、お手玉のようにハンバーグのタネを胸の前でぽんぽん投げつける。料理の番組でシェフがそんなことをやっているのを見たことがあるな。


 豚と牛の合い挽き肉は油分でねっとりしている。生の肉を直に触るのはこれが初めてだ。


 挽き肉は柔らかくて、力を少し入れただけでつぶれてしまいそうだ。だがちゃんと捏ねないと形にならず、すぐにいびつになってしまう。


 上月が俺の手をとって、


「もうちょっと力を入れないとだめかな。おにぎりをつくるときみたいな感じで」

「おにぎり――は、つくったことない」

「あっ、そっか。じゃあ言い方はあんまりよくないけど、粘土を捏ねるみたいな感じかなっ」


 粘土だったら小学生のときに触ったことがある。挽き肉は粘土よりもだいぶ柔らかいけど、少しはイメージし易くなった。


 形を整えたらお手玉みたいに両手でハンバーグのタネを投げつけるのだが、これが想像していた以上に難しい。何も考えずにぽんぽん投げたら、リビングの向こうへハンバーグのタネが飛んでいってしまいそうだ。


 恐る恐るハンバーグのタネをいじっていると、上月がふふと苦笑して、


「そんなに慎重にならなくてもだいじょうぶだよ。ちゃんとできてるから」

「いやでも、気を抜いてると向こうまでハンバーグが飛んで行っちゃいそうだから」

「そんなことないでしょっ。透矢ってば、考えすぎっ」


 俺の言葉が冗談だと思われてしまった。ハンバーグをリビングへ飛ばす阿呆なんているわけないんだから、冗談だと思われても仕方ないか。


 ハンバーグづくりに悪戦苦闘して、結局ふたつしかタネをつくれなかった。上月は倍以上も処理している上に形もきれいだ。そのまま高級レストランに仕込めるレベルだ。


「やっぱり、お――麻友は、うまいな。俺のとは全然違う」

「そう? 透矢だっていっぱいがんばったじゃない」


 俺が出しゃばらない方がきれいで味もよいハンバーグがつくれたんだろうけどな。上月の気配りが沁みるぜっ。


「俺がつくったやつは、たぶんおいしくないから俺が食うよ」

「えっ、いいよ。あたしが食べるから。透矢はあたしがつくったハンバーグを食べて」


 出来の悪いハンバーグを上月に食べさせるのは気が引けるが、ここで異論を出したら不要な揉め事を起こしそうだ。


 俺は上月の厚意を受け取ってリビングへ下がった。

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