いつまでもいっしょに
コンビニの前で待ち合わせ - 第208話
あいつの気持ちがわからなくてずっと不安を抱えていたけど、これならだいじょうぶだ。
上月は俺と付き合うことを望んでくれている。その気持ちがちゃんと確認できたから、俺はやっと自信を持つことができた。
上月も俺がはっきりと態度で示さなかったから不安がっていたみたいだし。気持ちを伝えればすべてが丸く収まると思っていた自分の迂闊さを、今はただ後悔するばかりだ。
それにしても、彼女かあ。彼女のいる生活って、こんなにも幸せなんだなあ。
「ライトちゃん、今日はファミレスにでも寄っていこうぜえ」
帰りのホームルームが終わった放課後、幸福で有頂天になっている俺をだれかが呼んだ。上月は待ち合わせ場所のコンビニへ先に行ったので、教室にはもういない。
椅子にもたれる俺の肩をつかんだのは桂だ。今日も能天気そうな顔で俺を見ている。
「私はカードデッキを見直したいから、一刻も早く帰宅したいのだがな」
木田は桂の後ろで腕組みしながらすかしている。さりげなく弓坂の机を見たが、弓坂はもう帰宅しちまったから教室にいないぞ。
「デッキの確認なんて、ファミレスでもできるだろぉ?」
「バカが。お前らみたいなうるさい輩が近くにいると、集中して戦略を立てられないんだよ」
「ほえぇ。カードゲームで戦略とか、トップって本格的ぃ」
桂は微妙に嫌がっている木田に絡んで、ファミレスに行く気満々だ。桂は独りでいるのが我慢できないタイプなのか、昼休みや放課後にやたら遊びたがるんだよな。
この後に予定が何もなければ、お前らとファミレスに行ってもいいのだが。
「すまねえが、ファミレスはお前たちだけで行ってくれ」
すると桂が「どぎょおぉ!」と変な悲鳴を上げて後退した。後ろの机が当たって位置がずれたぞ。
「な、なんだよー。ライトっちゃん、今日もなんか予定あんのぉ?」
「今日もって、この非リア充の男の予定はほぼ空いていると思うが」
木田が微妙に俺を小ばかにする言葉でフォローする。俺はそこまで暇人じゃないっ。
「なんだよー。ライトっちゃん、いっしょに遊ぼうぜぇ」
「いや、今日は先約があるから、遊びにはいけないんだよ」
上月が待ち合わせ場所のコンビニで待ってくれているのだから、あいつの気持ちを踏みにじってはいけない。俺は机のフックにかけていた鞄を手に取った。
「っていうわけだから、明日にでもまた行こうぜっ」
「あ、待てっ!」
あいつらの遊びの誘惑を断ち切って、俺は教室を飛び出した。
最近の俺は走ってばかりいる気がする。気のせいだろうか。
廊下の下りの階段を一段抜かしながら駆け下りる。上月がコンビニで待ってくれているのだと思うと、気持ちがそわそわしてくるぜっ。
学校の裏門から出て、人の通りの少ない歩道を歩く。この道は車が通れないほど狭い上に、駅と正反対の方向にしか出られないため、この道を使う生徒はほとんどいない。
学校の塀とマンションの透き間を抜けると、片道二車線の広い道路と交差する場所へ出る。その交差点の向こう側に待ち合わせ場所のコンビニが建っている。
コンビニの入り口の傍、可燃物や不燃物などで分類されているゴミ箱の前に上月がたたずんでいた。
上月はすぐに俺の存在に気づいて、ほっと安堵したような表情になったが、すぐに不機嫌そうにそっぽ向いた。
上月が不機嫌そうに視線を逸らせるのは、機嫌を損ねているからではない。俺に気持ちを知られるのが恥ずかしいだけなのだ。それを俺は最近になってやっと理解した。
「すまん。待たせちまって」
学校の放課後に外で待ち合わせするのは、リアルで付き合っている感じがしてなんだか気恥ずかしい。いやリアルで付き合ってるんだが。
「教室で桂と木田に捕まってたから、すぐに抜け出せなかったんだ」
「そうだったんだ」
上月が俺のブレザーの裾をつかんだ。
「ちょっとコンビニに寄っていい?」
「ああ。別にかまわないけど」
喉でも渇いたからジュースを買いたいのか?
コンビニに入店する上月の後につづく。制服を着ながらふたりでコンビニに入るのは、これが初めてかもしれない。
「あ。このコスメ可愛い」
上月が化粧品コーナーの上段から品物を取り出す。持っているのは、うすいピンク色のアイシャドウかな。
「ねえねえ。この色可愛くない?」
「あ、ああ。そうだな」
可愛くないかと言われても、化粧品をまったく知らない俺には可愛い基準がわからない。このコーナーに陳列されている商品はすべて同じものに見えるが。
上月はファンデーションや化粧水も手にとって、「どうしようかな。買おうかなあ」と悩んでいる。そんな姿が女子っぽくて、見ていると少しどきどきしてしまう。
上月が化粧品を選んでる姿なんて初めて見たなあ。
上月が俺の視線に気づいて、
「透矢にもなんか買ってあげよっか」
「いらねえよ。女子じゃあるまいし」
俺がすかさず突っ込むと、上月は無邪気に笑った。
「透矢って女装したら、けっこういい線までいくと思うんだけどなあ」
「いかねえよ。っていうか、女装した男となんて付き合いたくないだろ」
「別にぃ? きれいだったら付き合ってもいいけどなあ」
上月はにこにこしながら雑誌のコーナーへと歩いていく。冗談なんだから、いちいち本気にしなくていいか。
上月はすごく上機嫌で、ジュースやお菓子のコーナーでも商品をとって、「これ可愛いっ」とはしゃいでいる。昔の上月だったら絶対に見られなかった姿だ。
付き合うのって、こういう感じなのかな。よくわかんねえけど。
棚の一番上の段に置かれている百円のチョコレート菓子が目に付いた。せっかくコンビニにいるんだから、安いお菓子くらい買っていこうかな。
「その菓子、買ってやろうか?」
上月はアーモンドの入ったチョコレートの菓子を持っている。俺に振り返ると、上月はきょとんとして、
「え、いいよ。自分で買えるし」
「そっか。ついでだし、いっしょに買おうかなって思ったけど」
気を利かせたつもりだったけど、逆に空気を乱してしまった。
「透矢の方が家計とかいろいろやりくりしないといけないから、お小遣い少ないでしょ。あたしが買ってあげるよ」
「え、いいよ。百円くらいだったら自分で買えるし」
「そう? あたしがいっしょに買おうかなって思ってたけど」
上月が頬を少し膨らませて口を尖らせる。少し怒っていそうな姿も、なかなかいいかも。――いや、こんなところで浮かれている場合じゃない。
ふたりして同じことを考えているんだな。お互いを意識して妙に気を遣いあっているのがおかしかった。
「じゃあさ、この菓子を買ってくれよ。俺は替わりにその菓子を買うから」
言いながらちょっと恥ずかしくなった。こんなところを桂や木田に見られたら、腹を抱えて笑われてしまうかもしれない。
いや、あいつらに笑われたっていいだろ。そんなことよりも上月の期待に応えることが大事なんだっ。
上月は自分の持っているお菓子を見つめて、しばらくぼんやりしていた。そしてプラスチック製の小さい袋に入ったチョコレートお菓子を俺に差し出した。
「うん。わかった」
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