勇気を出せ! - 第206話
俺は急いで早月駅の改札を抜けて、ホームへつづく階段を駆け下りた。
これから上月と会う。胸がどきどきして頭がおかしくなりそうだ。
あいつと会ったら、どんな感じで話せばいいんだろう。あいつはどんな感じで出迎えてくれるのだろうか。
ふたりで会うのは、あの日の夜に自宅で会って以来だ。あのときも意識しすぎて、あいつの目すら見ることができなかった。
急いでいるときに限って電車はすぐにやってこない。ホームの電光掲示板を見上げると、電車の次に到着する時間は今から十分後だった。いいから早く来てくれ!
早月駅から黎苑寺駅まで各駅停車で十分くらいかかるから、やはり黎苑寺駅に着くまで二十分以上もかかってしまう。上月、すまないっ。
帰宅途中の高校生の多いホームをうろうろしながら待って、電光掲示板の時刻の通りに電車が到着した。ドアが開くのと同時に俺は飛び乗った。
電車が目的地へ近づくにつれて不安と恐怖が強くなってくる。どうして、あいつと会うことを怖いと思ってしまうのだろうか。
友達でいたときは怖いと思わなかったのにな。面倒で可愛くなくて、鬱陶しいやつだと思っていたはずなのに。
各駅停車の鈍い電車が黎苑寺駅へと到着した。飛び降りて、駅の改札口まで一息に駆ける。上月はきっと改札のそばにいるはずだっ。
階段を駆け降りて改札のそばを探すと――いた! 上月は白いコートを着て、鞄を肩にかけていた。
上月もすぐに気づいたが、気まずそうに視線を落としてその場にたたずんでいた。表情は、硬いままだ。
「すまん。急に電話して」
上月の前に立つ足がふるえる。こんな情けない姿を見せちまったら、こいつに嫌われてしまうじゃないかっ!
「山野と、ちょっと話してたんだ。年末にいろいろ助けてもらったから」
お前のことを話してただなんて、口が裂けても言えなかった。
上月はうつむいたまま、俺と目を合わせてくれない。この素っ気ない態度を見ていると、どうしても自信を失ってしまうんだよなあ。
本当に、俺のことを弓坂に話していたのだろうか。今ごろになって、あれは実は弓坂の巧妙な策略だったんじゃないかと思えてきた。
次に話す言葉が見つからなくて、俺の焦りが頂点に達するときに、
「行こっ」
上月が短く告げて、後ろの改札を通り抜けた。
俺はやっぱり好かれていないのかな。この素っ気ない後ろ姿を茫然と眺めて、俺は定期券を自動改札へかざした。
俺と上月の自宅であるマンションは黎苑寺の駅のそばに建っている。駅から見える場所に建っているから、まっすぐに歩いたら二分も経たずに着いてしまう。
たったこれだけのために俺は全速力で黎苑寺の駅まで帰って、上月には二十分以上も待たせて、一体なにをやってるんだかな。
そうか。だから上月は腹を立てているのか。こいつは待つのが嫌いで、俺はこいつを待たせて何度も切れさせたことがあるから、それで――。
「そこの公園に、行ってもいい?」
上月が顔の向きを変えずにそんなことを言った。
「公園に? いいけど」
公園に行くのはかまわないが、公園に行って何をするんだ? 上月の気持ちが読めない。
駅やマンションの近くには公園がたくさんある。公園と言ってもブランコと砂場があるだけの小さなところばかりだが。
俺の斜め前を無言で歩く上月についていく。上月の行きたい公園は、どうやら駅の裏手にある公園のようだ。
その公園は目立たない場所にあるせいか、または他の公園よりもマンションから少し遠いせいなのか、利用者があまりいない。ふたりで会話するには絶好の場所だった。
静かな公園のベンチに上月が腰を下ろす。俺もとなりに腰かけて、鞄を脇へ置いた。
上月は口を閉ざしたまま、公園の出入り口をずっと見つめている。俺を見ることすらない。
すごく退屈そうで、すぐに帰りたいけど俺のために我慢している――わけじゃないんだよな。しっかりしろっ。
弓坂が言ってたじゃないか。上月は素直な気持ちを晒すのが恥ずかしいだけだと。
だから、俺のために二十分以上も駅で待って、退屈そうなのに家から遠い公園に行きたがったんだ。
「あのさ、ちょっと提案したいことがあるんだけど」
肘をついて上半身を前へ傾ける。上月が首を少しだけ傾けて、俺を見ている気がした。
「学校で会話するのはいろいろリスクがあるけど、学校の行き帰りまでまったく会話しないのって、俺は寂しいと思うんだよ」
いっしょに登下校がしたいんだよと言いたいだけなのに、そのひと言がなかなか出てくれない。
「だから、その、学校じゃ会話できないけど、下校くらいだったら、いいんじゃないか? いっしょに登校するのは、桂とかに見られそうでかなりハードル高いけど、下校だったらさ、学校から少し離れたところで待ち合わせすれば、見つかりにくいからさ」
学校の裏手には生徒の来ないコンビニが一軒ある。放課後に待ち合わせるんだったら絶対にそこがいいと思っていたのだ。
上月もきっと今の寂しい状態を変えたいと思ってくれているはずだ。だから、俺の提案を受け入れてくれっ!
「学校の裏に人の来ないコンビニがあるから、帰りにそこで待ち合わせしないか? 気が乗らないなら、毎日じゃなくても……いや、できれば俺はそうしたいっ」
上月の顔は見れないが、自分の意思を明確に伝えたぞ。
気まずい沈黙が北風とともに流れる。一月の冷たい風は俺の大して高くない鼻っ面を凍てつかせる。
この長い沈黙は、暗黙の拒否の表明なのか――。
「うん。わかった」
間の空いた返事に俺の気持ちが一瞬で昂った。
「ほんとかっ!?」
「きゃっ!」
勢い余って振り返ると、上月が驚いて悲鳴を上げた。
「あ、す、すまん。つい――」
「う、うんっ」
上月はきょとんとしていたが、すぐに俺の視線に気づいてそっぽ向いた。
「本当にいいのか? お前、無理してないか?」
「無理って、別に」
上月は口を少し尖らせて、両手をもじもじさせながら、
「いっしょに下校するのなんて、その……当たり前だし」
恥ずかしそうに言うものだから、あまりに可愛くて抱きしめたくなってしまった。
だめだ。そんなことをしたら俺は間違いなく変態の烙印を押されてしまうっ。
でも、そうか。いっしょに下校するのは、当たり前なのかっ。
「そ、そうか。そうだよな。だって俺らは、付き合ってるんだもんな」
上月の気持ちが知りたいから、それとなく言葉を出してみた。
上月は俺に目を合わせてくれなかったが、こくりと小さくうなずいてくれた。
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