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喧嘩しながらの告白 - 第200話
各駅停車の電車が黎苑寺駅へゆっくりと到着する。年明けでしかも下りの電車だからなのか、乗客は指で数えられるくらいしかいない。
これから上月に思いを伝える。マンションのそばにある公園に電話で呼び出して、あいつに面と向かって、ちゃんと。
あいつの好意を知っているのに、はげしく罵倒される場面しか予測できないのはなぜだろうか。「あんたみたいなきもいオタクが、思い上がってるんじゃないわよ!」とか思いっきり言われる気しか起きないんだが。
電話で呼び出すのは、やっぱり見合わせた方がいいかな。
否! 妹原を振っておいて、なんで今さら弱腰になってるんだっ。ここはばしっと決めて、あいつに男を見せる場面だろ!
好意を寄せてきたのはあいつの方なんだから、今さら俺を拒絶しないだろ。だから勇気を振り絞ってあいつを呼び出すんだ。
黎苑寺駅の改札を過ぎると駅前のロータリーが見える。夜の七時をまわっているから、周辺を歩いている人は少ない。バスやタクシーも停留していなかった。
スマートフォンの電話帳を開き、上月のアドレスを表示する。アドレスにはあいつのフルネームと電話番号、そしてメールアドレスが登録されている。
あいつに電話するのはいつ以来だろうか。文化祭の頃には何度か電話したような気がするけど、細かいことは忘れたな。
液晶画面に表示されている通話ボタンの前でしばらく指を遊ばせる。けれど、ついに観念して通話ボタンを押した。
高鳴る心臓の鼓動を感じながら、電話の呼び出し音を聞く。あいつはなかなか電話に出てくれない。
夕食を終えてまったりする時刻だから、風呂にでも入ってるのかな。かけなおした方がよいだろうか。
呼び出し音を十回くらい聞いて、スマートフォンを耳から離そうと思ったときに通話のつながる音がした。
「あっ、もしもしっ。上月か!?」
上月が所有している個人用のスマートフォンに電話をかけているのに、何を言ってるんだ俺はっ。
「急に電話してすまん。飯でも食ってる最中だったか?」
通話はつながっているはずだけど、耳につけた受話口から上月の声が聞こえてこない。実はつながっていないんじゃないかと錯覚してしまうくらいの反応のなさだ。
……ああっ、もう! 細かいことをうじうじ考えるなっ。ストレートに要求を伝えろっ!
「この間の、返事がしたいから、これから会って話を聞いてくれないか」
俺の背筋がぴんとまっすぐになった。なぜか胸に痛みを感じる。
「家にいるんだろ? 電話でも話はできるけど、その……大事な話だから、面と向かって話がしたいんだ」
得体の知れない上月の反応が、ものすごく怖い。上月なんてただのうるさい女としか思っていなかったのに、今は何を考えているのか全然わからない。
「マンションの下の公園で待ってるから、頼む」
『わかった』
素っ気ない返事の後に通話は途切れた。
* * *
待ち合わせ場所の公園のベンチに座って三十分が経つ。上月は、まだ来ない。
さっきはわかったと言っていたけど、俺との約束をすっぽかすつもりなのだろうか。上月は約束を守る律儀なやつだから、絶対に来てくれると思うんだけどな。
雲のない夜空には星がたくさん浮かんでいる。星座についてはほぼ知らないが、カシオペヤ座やオリオン座くらいなら知っている。星空を探しまわして、ふたつの星座を見つけることができた。
俺の返事を聞いたら、上月はどんな顔をするのかな。満面の笑みで喜んでくれるのだろうか。それとも怒気をあらわにするのだろうか。
公園の入り口に気配を感じて振り返ると、上月がそこに立っていた。前にここで対面してしまったときに着ていた白いコートに身を包み、手にはハンドバッグを持っている。
雰囲気はあのときとまったく同じだった。いつもの傲慢で不機嫌そうに放っていたオーラは一切感じられない。俺が強い言葉をかけたら、木の葉のように消えてしまいそうだ。
「急に呼び出してすまなかったな。そこだと話しづらいから、こっちに来て座ってくれよ」
上月は沈んだ表情のまま、ぽつぽつと歩いてくる。俺のとなりに静かに腰を下ろした。
俺なんかのためにずっと苦しんでいたんだな。すまなかった。
「今日、妹原に会って、いろいろ話してきたんだ。お前のことやクリスマスパーティのこと。そして俺の気持ちやあいつの気持ちをさ」
ハンドバッグの持ち手をにぎりしめる上月の手がかすかに動いた。
「妹原はお前のことをずっと気にかけてたぞ。弓坂も、前に電話したときに心配してたんだが。……だから、後であいつらに電話して、ちゃんと謝っとけよ」
なぜか口調が偉そうになってしまったが、上月は顔色ひとつ変えない。いつもだったらすかさず目くじらを立てるんだけどな。
いやいや、そんなことを考えていないで、早く本題を切り出せよ。
俺は生唾を呑み込んだ。
「妹原に、俺の気持ちを伝えた。入学してからずっとあいつが好きだったけど、今は少し変わっちまったって。いや、その……変わっちまったとは言ってなかったな。自分の好きな人が他にいたというか、なんというか」
お前が好きだと言うだけでいいのに、たったそれだけの言葉が喉から出ない。緊張とか戸惑いとか、特定の場面でしか感じられないものが一斉に溢れて、頭がくらくらしてきた。
「だからその、つまりだな。あれだ。妹原も好きとは言ってくれたが、俺は、その、お前の――」
「どうして……?」
上月の苦しそうな声が聞こえて、俺は先の言葉が出なかった。
「どうして、雫を振ったの? あなたたちは、両思いだったのに」
上月はうつむいたまま、ハンドバッグをにぎりしめていた。白くてきれいな手がかすかにふるえているような気がする。
「どうしてって、他に理由なんてあるわけねえだろ。だからその、お前が……す、きだ、から、断るしか――」
「どうしてそんなことをしたのよっ!」
上月が突然振り返った。
「あたしはっ! あなたの同情なんてほしくないの! 同情なんかで、無理してうそなんてついてほしくないのっ。あなたはっ、雫が好きなんでしょ!? だから雫と――」
「ちょっと待てっ。同情って、なんだ」
俺がお前に同情して気持ちを捻じ曲げたっていうのかっ!? そんなことは断じてしていねえ!
「クリスマスパーティでお前の気持ちを知って、俺はずっと考えてた。遅くなってもいいから返事しろと、お前にここで言われて、正月になったのも忘れて考えてた。でも答えなんて全然出ないで、山野や弓坂に相談してみたけど、それでもやっぱり答えは出ないで、妹原と話してやっと答えが出たんだっ」
俺のこの気持ちは、絶対に同情なんかじゃねえっ。俺の心の底から発せられた、俺の本心だっ。
「何度も悩んで、やっと出た決断だったんだ。だから、これはつまんねえ同情なんかじゃねえ。俺が心からそうしたいと思ったから、お前の気持ちに応えたいんだよっ」
もっと優しい言葉でこいつの気持ちに応えたかったんだけどな。結局、喧嘩腰になってしまった。
喧嘩しながら告白って、何をやってるんだよ俺は。
「うそ。そんなの、絶対にうそよ」
これだけ強く言ったのに、上月も頑固だ。愕然と力を失って椅子に崩れ落ちる。
「だって、雫のことがあんなに好きだったのに、どうしてあたしを選ぶのよ。そんなの、意味がわからない。あたしなんかより、雫の方が何十倍も可愛いのに。あたしなんて、あなたに意地悪ばっかりしてたのに」
「俺だって、よくわかんねえよ」
上月の自虐を聞いているのが耐えられなかった。上月が言葉を止めて俺を見つめる。
「俺は妹原が好きだった。お前の気持ちを知るまで、自分でもなんでこんなに純粋に好きになれるんだろうなって思うくらいに好きだった。でも、お前の気持ちがわかってから、自分の気持ちがわからなくなった。お前といっしょにいた記憶や思い出が脳に焼きついていて、それを手放すのがすごく嫌だった」
俺はさっきから何を言っているのだろうか。頭が混乱して、理論的な思考を組み立てることができない。
「わかんねえけど、俺の心の真ん中っていうか、核の部分がお前を選べと言ったんだ。だから俺は、自分の決断に後悔しない。俺は、お前が好きだ」
上月の目を見て、ちゃんと言うことができた。恥ずかしいけど、目は逸らさない。
上月も戸惑いながら、まっすぐに俺を見てくれる。
上月の戸惑いや不安を隠せない表情は、失礼だけど可愛いと思ってしまった。いつもの気を張っている感じが全然なくて、すごく女の子っぽいのだ。
妹原の方が断然可愛いなんて言っているけど、そんなことはない。上月はうちの学校で一番になれるくらいに美人だ。
そんなこともいっしょに伝えられたら、喜んでくれるかもしれないのにな。顔が強張って口が動かなかった。
上月は身体の向きを戻して、そのまま放心していた。反論する余力は、もう残っていないようだった。
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