妹原と通じ合う気持ち - 第199話

「やっぱり、わたしの言った通りだったんだね」


 妹原が俺をしみじみと見つめて言った。


「おぼえてる? 八神くんが好きなのは麻友ちゃんだって言ったこと」

「妹原が、俺に言ったのか?」

「たしかゴールデンウィークの前だったんだけどなあ」


 妹原が木の屋根の裏を見上げる。


「わたしが学校に行くのをお父さんに禁止されて、八神くんがうちまで来てくれたときのことだったんだけど」


 妹原が言っているのは、妹原のうちの前で告白しちまったあの雨の日のことだ。忘れもしない。


 俺の十六年の人生においてワーストスリーに入っちまった黒歴史だからな。電気ショックか何かで俺の記憶が消去できるのなら、あの記憶だけごっそりと消去したいぜ。


 ワーストワンの黒歴史はくそ親父との再会だな。あいつの存在ごと歴史から抹消してやりたいぜ。――いや、そんな心底どうでもいいことをうじうじ考えている場合ではない。


 そういえば、次の日の昼休みに妹原が登校して、俺に言ってたな。妹原が俺のことを好きじゃないとわかっちまったから、情けないことにゴールデンウィークにダウンしたんだ。


「思い出した?」

「ああ。あのときは驚いたな。学校でいきなりあんなことを言われるとは思わなかったからな」

「八神くん、風邪引いてぐったりしてたよねっ」


 妹原が俺を見て無邪気に笑う。その仕草はいつも気を張っている妹原らしくないものだけど、動作がとても自然で思わず見とれてしまう。


「わたしの言った通りだなんて偉そうに言っちゃったけど、わたしが知ってるのは当たり前なの。八神くんと麻友ちゃんはすごく仲が良かったし、麻友ちゃんも八神くんのことが好きって言ってたから」


 あいつが、そんなことを言っていたのか? ゴールデンウィークの前に。


「さっき電話で言ってたことが気になってたんだが、妹原はあいつの気持ちを知ってたのか?」

「うん。八神くんがうちに来てくれた日の夜に、麻友ちゃんに電話して……あっ、電話したのは遊園地に行けなかったことを謝ろうと思ったからなんだけど、そのときに麻友ちゃんに聞いたら、八神くんが好きだって言ってたの」


 妹原はやっぱり最初からわかってたんだな。それを知らないで俺は、妹原をずっと鈍いやつだと思っていたんだ。


 四月からずっとアプローチをつづけていたんだから、妹原は俺の気持ちにも気づいていたはずだ。だけど、親友の上月を裏切りたくないから、ずっと知らない素振りをつづけていたんだ。


 妹原は、俺の気持ちにも気づいていた――。


「八神くん?」


 それがわかったからって、上月の想いに応えることを変えるつもりはない。だけど……だけど、四月から山野や弓坂の力を借りて、無謀な挑戦をずっとつづけてきたんだ。


 ゴールデンウィークの前のあの日は、妹原に面と向かって告白できなかった。四月から思いつづけてきたこの気持ちを、今ここで伝えたい。彼女へ直接に、俺の口から、ちゃんと。


「妹原」


 気づいたら俺は立ち上がって天井を見ていた。恐怖と緊張が最高潮に高まって、頭がなんだかくらくらする。足に力が入らないが、立っていられるのが不思議だった。


「俺は、俺は……妹原が好きだったんだ」


 ベンチで佇んでいる妹原に振り返ることができない。


「あの雨の日、妹原んちの前で俺は言った。あれは嘘なんかじゃない。俺の本心だったんだ」


 妹原はどんなことを思いながら聞いてくれているのだろうか。お前みたいなださい男に告白されても迷惑なだけよと思っているのだろうか。


 ……いや、友達思いの妹原がそんな酷いことを考えているはずがない。


「こんなときに言うのがおかしいのはわかってる。だけど、自分の気持ちが誤解されつづけるのは嫌だ。きっと今しか言うタイミングがないと思うから、聞いて欲しいと思ったんだ」


 妹原に振られることはわかっている。だけど、もういいんだ。自分の気持ちをちゃんと伝えられれば、俺に悔いはない。


 冬の冷たい空気が鼻孔から入り込む。水気の含まない空気は喉の奥にある水分を奪う。喉がむずむずして咳が出てしまいそうだ。


「わたしも、八神くんが好き」


 音のない冬の夜空に妹原の声が響いた。


「八神くんのこと、ずっと見つづけてきた。麻友ちゃんが好きな八神くんは、どんな人なんだろう。麻友ちゃんは八神くんのどこが好きなんだろうって、入学したときからずっと思ってた」


 そんなことを思ってたのか……?


「八神くんは、まっすぐな人。うちのことも学校や勉強のことも、麻友ちゃんや友達のことも、逃げたりごまかしたりしないでまっすぐに立ち向かってる。わたしは臆病だしずるいから、八神くんのようにはできない」


 妹原はベンチに座ったまま俺を見上げていた。彼女の純粋でつぶらな瞳が少し濡れていて、心がずきりと痛んだ。


「八神くんの優しくて誠実なところが麻友ちゃんは好きなんだなって思うし、わたしもそんな八神くんが好きだった」


 俺たちは、両思いだったんだな。知らなかった。


 そんなことは絶対にあり得ないと思っていた。ゴールデンウィークの前のあの日のトラウマのせいか、生まれや育ちの違いを感じていたからなのか、両思いになれることはないと思い込んでいたから。


「わたしも、ちゃんと伝えたかった。八神くんの気持ちには、応えられない……けど、気持ちだけでも、いいから、知ってほしかった」


 俺の無謀な思いと挑戦は、妹原に届いていたんだ。


 ああ、俺は今、すごく幸せだ。心が充足して、暖かい何かに包み込まれている。妹原を好きになって、よかった。


 妹原が赤らめた顔をうつむかせた。


「わたしもごまかさないで、ちゃんと伝えることができた。わたしも八神くんみたいに、強くなれることができるかな」

「できるよ。っていうか、俺くらいの低いレベルなんて、妹原はもうとっくに超えてる」

「そんなことないっ。八神くんは、わたしなんかよりずっと強い人だから」


 妹原のまっすぐで艶やかな髪が揺れた。


「わたし、がんばって音楽家になるから、麻友ちゃんを幸せにしてね」

「ああ。俺たちだけの約束だ」

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