弓坂家はいろいろ規格外 - 第76話
マンションの近くの公園で上月と待ち合わせて、いつも利用している国道沿いのスーパーへと向かう。
「もう、あんたがわけわかんないことを言い出すから、わざわざ外出する羽目になっちゃったじゃない。暑いから、今日はうちでのんびりしてようと思ってたのに」
待ち合わせるなりさっそく不満を漏らす上月だが、おしゃれな服にしっかりと着替えている。
上半身には夏らしくプリントの入った白のTシャツを着て、下にはレースのショートパンツを穿いている。
ショートパンツの裾から細い生脚が艶かしく伸びているから、思わず目が行ってしまう。上月は中学時代までサッカーをやっていたから、脚はしなやかでどこか張りがある。
しかしサッカーからかなり離れているせいか、肌は日に焼けておらず、とても透明感がある。上月の分際で、アイドルみたいな美脚じゃないか。
「なによ」
上月が俺の視線に気づいたのか、疑わしげに俺を見てくる。
髪はとくにセットをしていないみたいだが、瞼や唇には少しメイクをしているようだ。唇が化粧メーカーのモデルみたいに艶々している。
俺と近くのスーパーに行くだけなのに、上月は服装とかメイクをいつもちゃんとしてくるんだよな。服装なんて、学校のジャージでもいいのに。
「文句言うなよ。そう思ったから、わざわざ時間をずらしてやったんだろ?」
「ずらしてやったって何よ。それにね、この時期はみんな夕方に買い物に行くから、この時間はすっごく混むのよ。そんなことも知らないの?」
なら、暑い日中に待ち合わせればよかっただろ。この時間を指定したのは俺じゃないぞ。
毎度ながら思うことだから、今さらコメントすることでもないが、こいつは本当に可愛くないやつだな。待ち合わせて早々に文句をつけてくるクレーマーの知り合いは、俺の知る限り他にいないぞ。
見た目はまあ、一応悪くないっていうのに。こんなに性格悪いんじゃあ、彼氏なんて絶対にできないだろうな。
お互いにそっぽを向いて公園を出発する。今日くらいの口げんかはもう挨拶代わりだ。
そして会話のないまま車の交通量の多い県道に出ると、
「それで、なんで急にあたしを呼び出そうと思ったのよ」
上月がため息交じりに聞いてきた。
「いやだから、お前の飯が食べたかったから――」
「そんな見えすいた嘘はいいから、早く白状しちゃいなさいよ」
俺の浅はかな作戦は、どうやらすべて見抜かれているようだ。おかしい。作戦は完璧に遂行していたはずだが、どこに気づかれる要素があったんだ。
「実はだな。今日、山野と夏休みの計画を立てていたんだよ」
「夏休みの計画って、なによ」
「いやだから、弓坂や妹原を誘ってどっかに行こうと思ってるから、お前も行くかっていうお誘いだよ」
俺が仕方なく誘ってやっているのに、上月は呆れ顔で俺の顔を見てきた。
「それだったら、電話でさっさと言いなさいよ。なんでわざわざスーパーまで行かないといけないのよ」
「うるせえな。電話で言ったって、どうせ、きもっ、とか言って電話を切るんだろ?」
「まあね」
まあねじゃねえよ。お前が素直じゃないから、俺がこんな取り越し苦労をしているんじゃないか。
「それで、どこに行くの? 五人でプールにでも行くの?」
「いや、それがな、弓坂の親父さんが別荘をもっているらしいから、泊まりで海に行こうと思ってるんだよ」
すると上月が足を止めて目を丸くした。
「別荘?」
「ああ。俺もよく知らねえけど、何軒かもってるんだってよ。すげえよなあ」
「そうなんだ」
上月が驚嘆してつぶやく。別荘なんて耳にしたら、だれだって驚くよな。
「未玖のうちは大金持ちなんだもんね。すごいなあ」
「だよなあ。俺も聞いたときは驚いちまったよ。しかもあいつ、こんなことをさらっと当たり前のように言うんだぜ。俺たちとはやっぱり違うよ」
「そうだったんだ」
程なくしてスーパーに到着する。店内は近所のおばちゃんたちで混んでいるのかと思っていたが、買い物客はそれほど多くないようだ。
自動ドアを抜ける上月に従って、買い物籠を拾って俺も店内に入る。エアコンの冷風が効いている店内は、冷蔵庫の中のように涼しい。
「でも、あたしたちだけで泊まりに行ってもだいじょうぶなの? 学校にばれたら大変よ」
上月が袋詰めされたピーマンをとりながら聞いてくる。
「その辺も執事の人たちに同行してもらうから、だいじょうぶなんだってよ」
「えっ、執事?」
「ああ。俺たちだけで行くのはさすがにまずいから、車の運転とかも兼ねて何人かに同行してもらえばいいんじゃない? だってよ。もうなんでもありだぜ」
「そうなんだ」
上月が野菜炒めセットを買い物籠に入れながらまた驚嘆する。
「未玖のうちって執事までいるのね。すごいなあ」
「他にも女性の使用人なんかも連れていけるらしいから、料理なんかも頼めばつくってもらえるらしいぜ」
「ほんと、なんでもありね」
今日の献立はどうやら焼き鮭と野菜炒めのようだ。買い物籠の中を見ればレシピはだいたい想像できるが、無難な組み合わせだな。
惣菜のコロッケでも入れようかと思ったけど、ばれたらまた上月にうるさく言われるのでやめておこう。
「じゃあ、料理は使用人の人たちにつくってもらうんだ」
レジで会計を済ませると、上月がまた口を開いた。
「そうだけど、夜はバーベキューでもしようかと、山野と相談してるんだ」
「バーベキューかあ。たしかにいいかもね」
「だろ? 夏だし、みんなでわいわい言いながら食べられるからな」
使用人の人たちの熟練した技術ですばらしい料理をつくってもらうのもいいけど、上月や妹原にも料理をつくってほしいからな。
妹原の手料理なんて食べられたら、幸せできっと頬っぺたが床に落ちてしまうんだろうな。漫画みたいに。
「なんでひとりでにやけてんのよ」
上月がすかさず疑惑の眼差しを向けてきたので、素知らぬ顔で食材の詰められたビニール袋を持った。
外は日差しが強いので早足に帰宅する。夕飯の時間になってダイニングのテーブルをふたりで囲むと、
「雫には伝えたの?」
味噌汁をすすりながら上月が聞いてきた。
「いや、まだ。弓坂が伝えてくれるはずだけど」
「雫は、だいじょうぶかな。ちゃんと来てくれるかな」
「微妙だな。夏休みもきっと音楽のレッスンがあるんだろうから、もしかしたらきびしいかもな」
音楽のレッスン以上に、俺たちの誘いを妹原の親父が許すかどうかが不安なのだが。
「お盆だと、未玖もきっと予定があると思うから、お盆休みの前とかがいいかもね」
「そうだな。お前だってお盆は予定あるんだろ?」
すると上月は「別に」と口を切って、
「あたしの方はなんとでもなるわよ。おばあちゃんちに帰るのはお父さんとお母さんだけでもいいんだし」
親不孝なことをさらりと言い切ったが、お前の親父さんは寂しがってたぞ。お前が全然かまってくれないから。
「海に行くんだったら、水着も買わなきゃね。ああ、なんだかわくわくしてきた」
上月が口をもごもごさせながらうっとりする。
俺の誘いを聞いたときは不満そうにしていたけど、何気に乗り気のようだ。あとは妹原が参加できれば一安心だが。
上月と弓坂、そして妹原の水着姿かあ。開放的な青い海と、あられもなく露出された女子たちの白い肌。俺もすごくわくわくしてきたぞ。
「さっきから、なんでひとりでにやけてんのよ」
「別に、にやけてねえよ」
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