旅行の準備はいつもの五人で - 第77話

 妹原の方も親父さんになんとか許可をもらえたようだ。替わりに旅行中での練習を義務付けられてしまったみたいだけど。


 でも、これで五人で無事に旅行できることになったぞ。


 日にちは上月が言っていたように、お盆前の来月上旬に決まりそうだ。


 すべて順調に決まると思えたが、ひとつだけ予定外の出来事が起こった。俺たちが希望していた海の近くの別荘だが、八月の上旬は先約が入っていたみたいなので、俺たちがつかうことはできないようだ。


 弓坂の別荘は他にもあるが、空いているところはいずれも海のないところだ。


 夏休みの直後である今月と、来月の下旬なら海の近くの別荘が空いているらしいが、今月は山野のアルバイトのシフトが入っており、また来月の下旬は妹原の予定が合わないので、日程をずらすのは難しそうだった。


「海は捨てがたかったが、仕方ないか」


 一学期の終業式を終えて、いつもの五人で駅の近くのカフェに集まっている。入り口から遠い六人掛けの席が運よく空いていたので、そこで旅行の計画を改めて立てることにした。


 日にちはもう変えられないので、替わりに軽井沢にあるという別荘を借りてもらうことにした。


 軽井沢は名前くらいしか聞いたことがないが、たしかペンションなどがある有名な避暑地だ。だいぶ前に見かけたテレビ番組で紹介されていたような気がする。


 涼しそうだが、東京の山奥にあるはずだから海はたぶんない。湖はあるかもしれないが、湖で水浴びするのはなんだか微妙だよな。


 海とビキニの夢は、旅行する前から露と消えてしまったのか。


 消沈する俺を見かねて上月がため息を漏らした。


「仕方ないでしょ。先に予約が入ってたんだから。我慢しなさいよ」

「わかってるよ」


 妹原と弓坂が見ているので、露骨にがっかりすることはできない。けど、海に行けない物悲しさは計り知れないぜ。


 弓坂が申し訳なさそうに言葉をつづける。


「お父さんに、がんばって交渉してみたんだけどぉ、大事なお客さんとの予定だから、もうずらせないって、言われちゃったの。ごめんねえ」

「あ、いや、そんな」


 別荘に連れてってもらえるだけでありがたいんだから、弓坂が俺に謝る必要性は、野菜炒めにふる塩胡椒の量ほどもないのだ。


 俺たちのために気を遣ってくれている弓坂を責めてはいけない。俺は落とした肩を起こして、カフェラテに差し込まれているストローを口にした。


「でも、軽井沢の別荘を借りられたんでしょ? すごいよね!」


 弓坂のとなりに座る妹原は目を輝かせている。声もいつになく弾んで、すごく嬉しそうだ。


「軽井沢ってすごくおしゃれな街だから、一度行ってみたかったんだ。楽しみだよね」

「駅の傍にはアウトレットもあるしね」

「そうなの!?」


 上月の言葉に妹原がさらに食いつく。女子のトークに早くも華が咲いたようだ。


「アウトレットモールって、わたしは一回も行ったことないなあ」

「あたしもないかも。この辺にアウトレットってないからね」

「未玖ちゃんは、アウトレットモールにはよく行くの?」


 妹原が尋ねると弓坂は首を横に振った。


「ううん。お父さんに連れていってもらって、何回かだけ」

「そうなんだ。じゃあ、わたしたちで行こうよ」

「うんっ。行こう行こう!」


 妹原の提案で早くもアウトレットモールに行く計画が確定したようだ。


 アウトレットモールは、服やアクセサリーが主に売られているところだよな。俺はあんまり興味が沸かないけど、妹原のたっての希望であれば行くしかないか。


 それと前から思っていたけど、アウトレットって和訳するとどういう意味になるんだ?


 弓坂がいつものふわふわとした笑顔で言った。


「他にもぉ、イタリアンのレストランとかぁ、人気のカフェテラスがあるんだよ」

「そうなの?」

「うんっ。海はないけど、別荘にはプールがあるしぃ」


 なにっ、別荘にプールがあるだと!? 何気ない会話にまぎれて思わず聞き流すところだった。


「マジか」

「うん。お父さんがね、軽井沢でも水浴びがしたいって言ったから、別荘にはプールがついてるのぅ」


 そんなナイスな希望を、別荘を建てるときに弓坂の親父さんが出していたのか。


 弓坂の親父さんって、本当にいい人だな。アーキテクトの社長だし、この前は鶴の一声で俺たち全員を救ってくれたし。


 弓坂の親父さんとは、なんだか話が合いそうな気がする。今度冗談抜きで挨拶しに行ってみようかな。


 すると俺を見ていた上月が顔をしかめた。


「さっきからなに鼻の下を伸ばしてるのよ」

「の、伸ばしてねえよ」


 妹原にスケベだと思われたら一巻の終わりだ。上月の文句を押しのけて健全な姿をアピールするしかない。


 その後も女子三人のトークで席が華やいでいたが、会話が一段落した頃合いを見計らって山野が言った。


「別荘にプールがついてるんじゃ、水着を買わないといけないな。そこにデパートもあることだし、これからみんなで買いに行くか?」

「そうね」


 無駄話でかなり長居してしまったので、程なくして俺たちはカフェを後にした。


 デパートに向かう途中、最後尾を歩く俺のとなりに妹原がいた。これは、会話するチャンス!


「妹原は、今日は平気なのか? 早く帰らなくて」


 上唇をふるわせながらしゃべってみると、妹原はこくりとうなずいた。


「うん。今日は、麻友ちゃんたちと買い物するからって、言ってあるから」

「そうか」


 なら、今日はもうちょっといっしょにいられるのか。みんなといっしょでも、嬉しいぜ。


「八神くんは、水着はもう買ったの?」

「いや、買ってねえけど。でも、去年つかったのがあるからなあ」

「そうなんだ。山野くんも水着は買わないのかな」

「さあな。みんなが買ったら、あいつもなんか買うんじゃないかな」


 妹原とも普通に会話できるようになってきたな。入学式のときからくらべると大した進歩だ。


 その後も妹原と少し会話して、デパートの一階からエスカレーターに乗り込む。水着が売っているフロアは三階のようだ。


 水着売り場の店頭には、派手なビキニをつけたマネキンがいくつか置かれている。どれも虹色とか金色などの派手なビキニをつけているが、あんな水着を買う女子はいるのだろうか。


 しかもよく見ると、パンツの側面が紐で結ぶタイプだぞ。ブラジャーも紙切れみたいな面積しかないし。


 こんな刺激性の強い水着なんてつけられたら、俺は衝撃に耐え切れずに卒倒してしまうかもしれない。


「じゃあ水着を選ぶから、男ふたりは向こうに行ってて」

「はいはい」


 残念な想いをひた隠しにして、山野とその場を離れる。興味のない男性用の水着が売っているのはとなりの売り場だ。


 俺も山野も水着を買う気がないので、碌に会話もせずにハンガーにかけられた水着をとったりする。壁にかかったサーフボードを無駄に眺めたりしてみるが、値札を見て声が出そうになった。


 サーフボード一枚で最新のゲーム機が買えちまうくらいの値段だぞ。サーフボードって意外と高額なんだな。


 サーファーの人たちは、なんでこんないらないものを何枚もほしがるのだろうか。不思議でならない。


 俺たちの気持ちを他所に、女子三人は水着をとりながらきゃっきゃと声を立てている。


 女子って買い物好きだよな。俺には理解できない感覚だ。


 とっているのはどれもビキニのようだが、布面の狭い紐ビキニとか、ショーツがTバックのタイプの水着をとったりしているぞ。マジであんなすごいのを買うのか!?


 さっきからもう意識が向こうに集中しているから、自分の水着なんて選んでいられないぜ。


 競泳用のもっこり水着を手にとっていることも忘れてそわそわしていると、不意に肩を叩かれた。驚いて振り返るとそこに山野が立っていた。


「よかったな」


 よかったって、何がよかったんだ? 言っておくが、女子が過激なビキニをとっていることに興奮なんてしていないぞ。


「妹原もずいぶん乗り気なようだし、楽しい旅行になりそうだ」


 ああ、そういう意味でのよかっただったのか。どきどきしていた胸を落ち着かせて相槌を打つ。


「そうだな。軽井沢なんて行ったことないから、どんな旅行になるのかわかんねえけど、この面子だったらどこに行っても楽しめるだろうしな」

「そうだな」


 山野が妹原たちを眺めてメガネの縁をさする。


「お膳立てはしてやったからな。あとはがんばれよ」

「ああ。サンキューな」


 海には行けなくなってしまったけど、妹原と同じ屋根の下で一夜を過ごすことはできる。そうすれば、俺のあんまり進んでいない恋も急展開するかもしれない。


 いや急展開はないか。がんばっても妹原からの好感度が、十パーセントから二十パーセントに上がるだけだな。


 妹原のことはさておき、友達と旅行するのは初めてだし、そもそも女子と夏休みを過ごすのが初めてだ。否が応にもテンションが上がってくるぜ。


 これから先に待ち受けているのは何か。成功か。それとも失恋か。結果は神のみぞ知るか。

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